女性蔑視と取れる発言で批判を受けている東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(83)に、政府与党やスポーツ界、そして国際オリンピック委員会(IOC)から辞任を求める声は上がらない。政官財、スポーツ関係者が「余人をもって代え難い」と口をそろえる。それは五輪招致や19年ラグビーW杯日本大会を成功させるため、国内外に頭を下げ続けた裏の努力を知っているからだった。

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野党を除けば政官財、どこの分野からも森氏の辞任を求める声が出ない。むしろ取材を続けていると組織委の会長職は「森氏に代わる人はいない」との声ばかりが聞こえてくる。一朝一夕には築けない人間関係が大きく影響している。

IOCのトーマス・バッハ会長は森氏に絶大な信頼を寄せている。19年、G20大阪サミットの昼食会でバッハ氏は参加国を前に演説。五輪の意義を訴えた。巨額な財政負担のため「五輪離れ」が進む中で貴重なアピールの場に。森氏が師弟関係にある当時の安倍晋三首相と間を取り持った。

IOCとはいえ民間団体の会長が各国首脳が集まる場で演説することは異例。森氏の存在なしには成し得なかった。振り返ればバッハ氏は18年平昌五輪で、開催国韓国と北朝鮮の開会式合同行進やアイスホッケー女子の合同チーム案を両国政府とともに推し進めた。

政治と一線を画すのが五輪精神だが、ノーベル平和賞への意欲を持つとされるバッハ氏はむしろ政治との距離を縮めてきた。5月の聖火リレーに合わせ被爆地広島を訪問する意向も同賞への意欲が見え隠れする。

各国首脳ともパイプを持つ森元首相はバッハ氏にとってかげがえのない存在。森氏が発言の謝罪、撤回をした後、IOCが「この問題は終わった」と幕引きした理由にもつながる。

多くの大会関係者が「森さんが会長でなくなれば、東京五輪ごと倒れる可能性がある」と話す。五輪という巨大国家事業をまとめるのは、たやすくない。しかも新型コロナウイルス禍で逆風が吹き、かじ取りはさらに困難を極める。義理堅い人柄で政官財、スポーツ界に顔が利く森氏でなければパワーバランスが崩れ、各界がバラバラになる恐れがあるからだ。

森氏は日本体育協会(現日本スポーツ協会)や日本ラグビー協会の会長を歴任し、12年に政界を引退。その際、スポーツ界トップの座を他に禅譲しようとした。しかし、13年9月に東京五輪招致が決まるとスポーツ関係者の中で森氏の再登板を期待する声が高まる。

日本のためを思いラグビーW杯や東京五輪の招致に世界中を飛び回り、各所に頭を下げた。しかし、ともに1度目の招致は失敗。それでも根気強く再度、関係各所を行脚し、ともに2度目で招致を成功させた。老体にムチを打ち、地べたをはいつくばるような交渉を続けた末の成果だった。今回の発言自体はもってのほかだが、その努力を見てきた関係者は謝罪した森氏へ、辞任までを求める考えは生まれなかった。

国内では直接的な五輪経費に加え、都の関連経費、会計検査院の試算を含めれば3兆円規模の投資。五輪が頓挫すれば日本経済にとって大ダメージだ。一方のIOCも中止となれば放映権料が入らず痛手を負う。バッハ氏が五輪史上初の延期をしてまで開催すると一貫してきた方針を急転換すれば、会長としての信頼も揺らぐ。双方にとって森氏のグリップは手放せない状況になっている。

一方、森氏の辞任を求める世論の中には、女性リーダー小池百合子都知事の奮起を促す声もある。都知事に就任したての16年、森氏を政敵として掲げ、それまでの五輪計画を変更しようと政争に挑んだ小池氏はなぜ今回、辞任要求をしないのか。政界関係者は「森氏に反旗を翻して混乱を招き五輪が開催できなければ『五輪をつぶした都知事』とのレッテルを貼られ、もう上を目指せなくなる」と話す。

その「上」とは首相のことだ。「五輪を成功させた都知事」という事実は、女性初の首相を視野に入れる小池氏にとって大きな実績となる。五輪を成功させたいという考えは一致している。

組織委幹部は言う。「森会長はスケールが違う」。国民には見えづらい努力を知っているからこそ、森氏を知る各界は「続投」に命運を託した。【三須一紀】