本命とみられていたダスティン・ジョンソンが負傷のため直前に出場を辞退した今回のマスターズ。プレーオフまでもつれ込んだ激戦を制したのは、スペインのセルヒオ・ガルシアだった。

●長所のショット力がさえたガルシア

 ガルシアは「神の子」と言われ、10代の頃から将来を嘱望された選手だったが、これまでメジャーの優勝がなかった。そんな彼のキャリアを知ってか、最終組を応援するパトロン(オーガスタのギャラリー)たちは、ガルシアに熱い声援を送り、ガルシアはそれを力に変えた。

優勝したガルシア(右)はウィレットにグリーンジャケットを着せられ笑顔を見せる
優勝したガルシア(右)はウィレットにグリーンジャケットを着せられ笑顔を見せる

 このコラムのため、マスターズ前週に何人かのコーチに注目する選手を聞いた。「本命はDJ(ダスティン・ジョンソン)」という声が多数の中、LPGAツアー世界ランキング1位、リディア・コを指導するゲーリー・ギルクリストは優勝候補にセルヒオ・ガルシアの名前を挙げていた。

 「今までメジャーで勝っていないのが不思議なくらいだ。特にアイアンショットは素晴らしい。ウイークポイントはパッティングだが、それも良い兆しが見えてきている」と絶賛していた。

 ギルクリストが言うように、ガルシアのショット力は間違いなくPGAツアーの中でもトップクラスだ。一方でスタン・アトレーというパッティングコーチに指導を受けるなどしたが、パッティングがネックな選手でもあった。

 今回は得意のショットがさえわたり、パッティングでも我慢を重ねて、念願のメジャー初優勝となった。

マスターズ最終ラウンド、プレーオフの末に優勝したガルシアはキャディーに向かって喜びを爆発させる
マスターズ最終ラウンド、プレーオフの末に優勝したガルシアはキャディーに向かって喜びを爆発させる

●準備の男、ジャスティン・ローズ


 プレーオフで惜しくも敗れたジャスティン・ローズも、ガルシアと同じくそのキャリアは順風満帆ではなかった。17歳の時、アマチュアとして出場した全英オープンで4位に入るも、13年の全米オープン優勝までには15年を要した。

 生まれた年も同じで、似たようなキャリアを歩んできた2人だが、ゴルフへの取り組み方は正反対と言ってもよい。

 ガルシアは感性を磨き続けるプレーヤーであるのに対し、ローズはコーチのショーン・フォーリー、フィル・ケニオンとともに時間をかけてスイング、パッティングストロークの構築に取り組んできた理論派だ。

ジャスティン・ローズとフィル・ケニオン
ジャスティン・ローズとフィル・ケニオン

 ショットの前にはスイングのポイントを確認するための素振りを行うなど、常にルーティンを重視したプレーを行う。ラウンド中にネガティブなことが起きても、すぐに切り替えを行うことができる選手である。

 「どんな状況でも自分の感情を極力抑え、落ち着いてプレーできる精神的な強さがローズの強みだ。日ごろから、準備を怠らないからこそできることだ」とは、長年ローズとタッグを組むキャディのマーク・フルチャーの言葉だ。

 フルチャーは初めてマスターズにキャディーデビューしたときに、ファジー・ゼラーにグリーンの読み方を学んだそうで、この貴重な経験が今でも活きていると言っていた。4日間を通して絶妙なタッチのパットがいくつもあったが、ローズや脇を固めるスタッフの準備のたまものであるのは間違いない。

 「マスターズで勝つためには、パー3で耐えてパー5をしっかり獲るという戦略が大事だ」とフルチャーは言っていた。昨年スピースが大たたきをした12番ホールは定石通り安全にバンカー越えを狙い、グリーンに乗せればいいという戦略はまさにその通りだった。

 「13番(パー5)でバーディーが取れなかったのが敗因だ」

ローズは最終日のラウンドをこう分析した。

 事前の戦略通り、アーメンコーナーのパー5でバーディーを取れなかったことで流れが変わってしまったのだ。



●全米オープンへの期待

10番ホールの坂を下るチーム・ローズ
10番ホールの坂を下るチーム・ローズ

 決着がついたプレーオフ1ホール目。ガルシアがウィニングパットを決めた瞬間、時計は19時30分を過ぎていた。

 すっかり夕暮れとなった18番のグリーンで、ガルシアと健闘をたたえあうローズを見て練習日のある光景を思い出した。

 それは火曜日の17時15分だった。彼はフォーリーとケニオン、キャディのフルチャーを従え、10番ホールの坂を下っていった。恐らくその時刻の日差しや影、気温などをチェックするために遅い時間にインコースのハーフラウンドを行ったのだ。サンデーバック9で優勝争いをすることを想定して。ジャスティン・ローズとはそういう選手だし、ショーン・フォーリー、フィル・ケニオンはそういうコーチだ。

 そこまでの準備があっても、グリーンジャケットに袖を通すことはできなかった。しかし誰よりも入念な準備をするローズが、再びメジャーで輝く日はそう遠くないはずだ。

 メジャー次戦の全米オープンでのリベンジを期待したい。



 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)