昨年末から松山英樹はまさに絶好調だった。

 10月に行われた日本オープンで国内メジャー初勝利を挙げると、翌11月のVISA太平洋マスターズでは初日から1度も首位を譲ることなく完全優勝。CIMBクラシックでは2位、WGC・HSBCチャンピオンズでは4日間をすべて60台で回り7打差でWGC日本人初優勝を飾る。さらに勢いは止まらず、ツアー非公式の大会ながらヒーロー・ワールドチャレンジにも勝ち、2月にはWMフェニックスオープンでウェブ・シンプソンとのプレーオフを制して、わずか5カ月間のあいだに5勝を積み重ねた。

 この圧巻の強さにタイガー・ウッズは「アンビリーバブル」と称賛し、PGAツアーのコーチたちは「英樹はトッププロの仲間入りを果たした」と舌をまいた。

 この間、得意のショットは普段以上にキレを増し、苦手と言われていたパッティングはさえわたっていた。松山はこの時点で2カ月後に行われるマスターズの優勝候補の本命だった。


●調子は誰でも崩すものだが…


 しかしWMフェニックスオープンの翌週、ジェネシスオープンの2日目に「80」をたたいて予選落ちを喫して以降、調子は下降線をたどる。2試合続けて20位以下に沈み、マスターズ前、最後の試合となったマッチプレーでも連敗で勝ち進むことができなかった。

 この時点で本人は「絶不調です」と口に出して言うほどに調子を落としていた。

 最悪の状態ながら、予選落ちをしないレベルに内容をまとめられるのはトッププロの証だが、照準を合わせるべき大会への調整が今後の課題になってくるだろう。

 松山に限らず年間を通じて毎週試合に出続ければ、どんな選手でも調子の上下は必ずある。気候や疲労によって体の調子が左右されたりもする。しかしこれはある程度コントロールが可能な問題だ。


●セーフティネットとしてのコーチ


 コーチというと、スイング技術など「何かを教えてくれる人」というイメージが強いが、「調子を整える」のも大切なコーチの役割だ。ほぼ毎日のようにボールを打っている選手たちは、自分たちに起きる変化に気づきにくい。そのちょっとした変化を放置してしまうと、それが「不調のタネ」となり、パフォーマンスを低下させる要因になる。PGAツアーの一流コーチ達はその変化をいち早く発見し、大きな不調になる前に修正点や練習方法などのアドバイスを行っている。

 松山は現在特定のコーチと契約は結んでいないが、普通の選手よりスイングの取捨選択が非常にうまい。そんな松山であっても、自分の力だけではメジャーに照準を合わせることができなかった。調子を合わせるというのは、それほど難しい事なのだ。

 技術面を第三者の目で客観的にチェックし、変化に気づかせる役割として自らのチームにコーチを入れる事も必要になってくるかもしれない。


クーチャー(右)とコーチのオコネル氏
クーチャー(右)とコーチのオコネル氏

●メジャーで上位にくる調整巧者


 ベテランの域にかかってきたマット・クーチャーとそのコーチのクリス・オコネル。2人はPGAツアーの中でも調整が上手なペアである。若手の選手に比べ飛距離などの大きな武器はないが、昨年のオリンピックや今年のマスターズなど大舞台になると上位に顔を出すことが多い。

 「試合前にもかかわらず、良いショットの割合が少ないときは何らかのサインだと思っている」

 オコネルは細かな技術的な指導を積極的に行う事は少ないが、常にクーチャーのスイングを観察し、調子が下がり始めるサインを見つけようとしている。

 「良くないショットが続く場合、同じことをし続けることによって良い結果を出そうとすることには無理がある。そういった時にはすぐにこれまでとは違う調整方法を提案する。とにかくいかに早く対処するかが大事なんだ」


ステイシー・ルイス(左)とコーチのハレット氏
ステイシー・ルイス(左)とコーチのハレット氏

 米LPGAでメジャーのクラフトナビスコチャンピオンシップ、全英女子オープンを制したステイシー・ルイス。そのルイスのコーチを務めるジョー・ハレットも、選手の調子を見極める能力に定評のあるコーチだ。

 「日々の中で基本的な動作のチェックは欠かすことはできない。選手のスイングに異変を感じた時には、何度も聞いたことのある常識的なことをわざと口に出して選手自身に気づいてもらうこともある。それは調子を整える上で、基本的動作のズレをなくすことがとても重要だからだ」

 一流コーチ達は問題点に対して一方的に技術的な指導をするだけではなく、選手が自分自身で適切な対処法に気づくよう導いていくコーチング技術にもたけているのだ。

 メジャー制覇のためにはPGAツアーのコーチたちが神経をとがらせている「調子のピークを合わせる」という事も、大きな要素のひとつだと思う。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)