50年以上にわたって現役を続けたプロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)氏が28日午前8時30分、前立腺がんがリンパに転移し、大阪府の自宅で死去した。74歳だった。

 石川遼(20=パナソニック)も「恩師」の死にショックを受けた。沖縄合宿中の28日、練習ラウンドを終えてコースを離れた後に、同行スタッフから悲報を聞いた。「えっ!」と声を上げたきり、絶句。しばらくして「病気と闘いながら、生涯現役を貫かれた姿が印象的です。杉原氏のような、名選手と同じ時代にプレーできたことが、一番心に残っています。ご冥福をお祈りします」とのコメントを、所属事務所のスタッフに託した。

 プロ1年目の08年、新規開催のパナソニックオープン記者発表で、宮本勝昌をまじえた3人でラウンドした。その中で「アイアンに仕事をさせろ」というアドバイスを受け、目を輝かせていた。10年の中日クラウンズでは、杉原氏が同一大会連続出場記録「51」、石川が最少スコア「58」と、同時に世界記録をマークした縁もあった。今年の同大会で体調が悪くなっていた杉原氏が、連続出場記録を途切れさせた際には「相当ショック」と残念がっていた。先人の志を受け継ぐべく、よりいっそうゴルフに打ち込む。