胸張れ、広島新庄! 迫田守昭監督(69)率いるナインが、名門・早実を追い詰めた。4回に5点を奪って1度は逆転したが、同点の9回に決勝打を浴びて2回戦で姿を消した。途中出場の背番号17、北谷奨吾外野手(2年)は3安打2打点に重盗を決めれば、遠目塚彪(とおめづか・たけし)捕手(3年)も4回に2点適時打を放つなど最後まで執念を見せた。

 途中降板となった同級生エース堀を救いたい一心だった。1点差に追い上げた4回1死一、二塁から堀の代打で打席に送られた北谷は期待に応えた。

 「堀の分、自分が点を取ってやろうと思った。自分の出番は7回ぐらいだろうと思っていたが(4回の)始まる前に監督から『代打で行くぞ』と言われて準備はしていた」

 堀の負けず嫌いが乗り移った。スライダーを強振した当たりは中堅の頭の上を越えた。一時は逆転となる2点適時二塁打だ。さらに2死一、三塁から三塁走者として重盗を決めた。途中出場でも3安打2打点と気を吐いた。

 広島新庄には中学から入学。「野球部がなかった」ことから島根県津和野町から越境してきた。広島大会決勝・呉戦で決勝打を放って、夏の大会1回戦・霞ケ浦戦でも先発出場して2安打。2回戦でスタメンから外されても「出番がきたときは積極的に打っていきたい」と試合前から静かに闘志を燃やしていた。

 捕手の遠目塚も堀を救うために懸命だった。4回1死満塁からの2点中前適時打で、反撃の担い手のひとりとなった。4回の守備では堀の暴投を止められなかったことから2失点につながった。「(適時打は)打席に集中した。でも、自分のミスを取り返したことにはならない」と自分を責めた。

 14年春に甲子園出場を果たした兄潤さんがスタンドで観戦。「初戦を突破したときに電話で『おめでとう』と話した」という。相手が早実に決まった後も励まし続けた。自身はプレーに納得しなくても、兄の声援には十分に応えた。

 2年の北谷は遠目塚ら3年生の悔しがる姿を目の当たりにした。「先輩たちの分の借りを返すために、もう1度、甲子園に戻ってきたい」。同級生の堀ともに、今夏以上に強くなった広島新庄を聖地で見せるつもりだ。【中牟田康】