ロッテ佐々木朗希投手(20)の19奪三振を含む完全試合が、米国でも「野球史の中で最も偉大なゲームの1つ」とたたえられ、野球ファンに興奮と感動を与えている。想像以上の大きな扱いで、普段はあまり野球に関心を示さないメディア関係者までこの偉業に言及していた。

ベースボール・アメリカ誌のJ・J・クーパー記者は「彼が間もなく世界最高の投手の1人になるだろうことが今、はっきりしつつある。もうすでになっているかもしれないが」と書き、太平洋のはるかかなたで達成された偉業に対して純粋に興奮している様子だった。

米国野球ファンの多くは恐らく、佐々木朗の偉業でカブスのケリー・ウッドを思い起こしただろう。筆者自身もそうだった。米国のスポーツ番組で過去の名場面特集をするときは、必ずウッドの20奪三振のシーンが出てきた。

それは1998年5月9日、カブスの本拠地リグリーフィールドでのアストロズ戦だった。当時のアストロズといえばクレイグ・ビジオ、デレク・ベル、ジェフ・バグウェルという強打で鳴らした「キラー・ビー」トリオを擁していた。巨人やヤクルトで活躍したジャック・ハウエル、元エンゼルス監督のブラッド・オースマスもいた。その強力打線を相手に、ウッドは初回先頭からいきなり5者連続三振。変化球は大きく曲がりながらストライクゾーンに吸い込まれて打者をフリーズさせ、高めへホップする速球は大きな空振りを誘った。9回最後の打者を空振り三振に切って取り、9回を122球で1安打完封、無四球で20奪三振という快投。大喜びのチームメートに抱きつかれもみくちゃにされながら、本人だけほとんど無表情でクールだったのが印象的だった。

将来を嘱望されたウッドは、メジャー14年間で14度も負傷者リスト入りし、86勝75敗、63セーブと平凡な成績に終わった。12年に引退したときは、悲劇の天才の悲しい最後といわれたものだ。しかし20奪三振のインパクトは絶大で、今もカブスのレジェンドとしてたたえられ、あの試合はMLB史上最高の試合の1つといわれている。ウッドも当時はちょうど20歳で、ビューから5戦目での奪三振ショー。20歳の新星がとんでもないことをやってくれたと誰もが高揚感を得た瞬間で、それは佐々木朗と共通するものがある。セイバーメトリクスの投手評価指標「ゲーム・スコア」でウッドの20奪三振1安打完封はMLBが30球団になって以降で最高の数値105、佐々木朗の完全試合は106なので、数値的にも2人のパフォーマンスはほぼ同等で最高だ。

SNSでは米国の野球ファンから「ロウキ・ササキにはケガに気をつけて成長していってほしい」という声も上がっていた。太平洋のどちら側にいようと、野球ファンの思いは同じようだ。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「水次祥子のMLBなう」)

ケリー・ウッド(2008年6月25日撮影)
ケリー・ウッド(2008年6月25日撮影)
ロッテ佐々木朗希のプロ全成績
ロッテ佐々木朗希のプロ全成績