大谷翔平投手(29)がプロスポーツ史上最高額でドジャースと10年契約に合意した。契約額は7億ドル(1015億円)。さて、代理人の手数料はいくらになるのだろうか。

米誌フォーブスによると、メジャーリーグでは、代理人の手数料は5%までと定められている。アメフトのNFLは3%、バスケットのNBAとNHLは4%、サッカーのFIFAは10%と上限を定めているため、野球とサッカーの代理人が、稼ぐ金額では上位に入るという。

MLBでも一概に5%と決まっているわけでなく、3%や4%のケースもあるという。5%で計算すると、今回の大谷とドジャースの契約では3500万ドル(約50億8000万円)が代理人事務所のCAAに入る計算となる。また、CMなどの契約は別で、10%~20%の手数料となるケースもあるという。自宅のある西海岸のカリフォルニアから、ブルージェイズの球団施設のある東海岸フロリダ州までプライベートジェットで移動したともささやかれたが、往復で数千万円かかっても、十分すぎるほどお釣りがくる。

大谷の代理人はネズ・バレロ氏(60)だ。カリフォルニア州サンディエゴ出身で、ペパーダイン大から85年ドラフト4巡目でマリナーズ入り。現役時代は内野手で88年までプレーした。最高所属は2Aで、通算357試合に出場し、打率2割2分6厘、12本塁打、97打点、29盗塁という成績だった。当時はファーストネームが「ネズ」ではなく「ネジ」だった。

バレロはマイナーリーガーの給料では新婚生活を支えることができず、87年のオフには、建設作業現場でアルバイトをしていた。ロサンゼルスタイムズによると、約12メートルも落下する事故に遭い、背中、骨盤、肋骨(ろっこつ)を骨折。右親指を脱臼し、重度の脳振とうを負い、17日間入院したという。当時、マイナーリーグでは、後に2877安打を放つオマー・ビスケルとも二遊間を組んでいた。ベネズエラ出身で、英語が上手に話せなかったビスケルを親切に助けていたという。

事故の影響もあり、88年でマ軍から自由契約となった。その後はイタリアに2シーズンほどプレーした。95年にはMLBでストが起きた際、代替選手としてブレーブスのオープン戦に出場した。だが、ストが終結すると、解雇された。引退後は、野球学校の講師を務めていた。生徒と契約した代理人と出会い、代理人業へと転職した。

米メディア「ジ・アスレチック」には、バレロ氏が代理人に向いていたというエピソードが紹介されている。13歳の時、漁師の父に同行し、アフリカのコートジボワールに寄港した。素晴らしい木彫りの箱、マスクなどが売っていたが、買うための金が無かった。そこで、船に戻り、Tシャツとせっけんを材料に交渉し、交換に成功したという。また、ブ軍から解雇された際のこと。球団が用意してくれた、地元に戻る航空券はファーストクラスだった。バレロ氏はこれを売却し、エコノミーの切符を買った。飛行機に乗ると、乗務員を説得し、空いているファーストクラスの席に座って帰宅したという。

若いころから交渉スキルにたけていた代理人が、大谷を最高契約にもたらした。

【斎藤直樹】

(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「斎藤直樹のメジャーよもやま話」)

大谷翔平(2023年撮影)
大谷翔平(2023年撮影)