ドジャースのムーキー・ベッツ内野手(31)が日刊スポーツなどのインタビューに答え、大谷翔平投手(30)と初めて1、2番コンビを組んだ激動のシーズンを振り返った。6月中旬に死球から左手を骨折。復帰後に遊撃手から右翼へコンバートされ、打順は不動の1番から2番に変更となった。この日は7回に大谷の勝ち越し打に続き、2点適時打を放ち、地区優勝に貢献。家族の支え、メジャートップ選手としての意識、大谷のド軍加入による変化などを語った。【取材・構成=斎藤庸裕】
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アメージングだ。最高だよ。パドレスとの最初の2試合は何も出来なかったけど、今日は勝ちに貢献できて良かった。勝てて、ハッピーだよ。
故障でチームを離れていた時は、僕の妻と子どもたちが、いつも一緒にいてくれた。これだけ連続で多くの日々を過ごしたのは、本当に初めてだった。よくない1日もあったし、いつも自分は動き回っていたから退屈に感じて、自分らしくない時もあったけど、いつも一緒にいて支えてくれた。「全て大丈夫。あなたは、すぐに復帰できる」って。2カ月間、家族と一緒にいて毎日会えたのは、楽しいことだったよ。もちろん、ケガはしたくないけど、家族とのいい時間を経験できて良かったと思う。
好不調がある中で、常に前向きでいるのは難しい。みんなにとって、難しい部分。どうやったらそうなれるのか、僕も方法を探しているよ。試合では、よくないこともたくさん起きるし、そういうときは誰でもネガティブになってしまうもの。最高の自分を作り上げる方法は分からない。模索しているけど、コツなんてない。シークレット・レシピ(秘技)があればいいけどね。
まずは自分らしくいること。奮い立たせて、自分が自分を応援するベストフレンドになり、全ての機会を新しいものとして経験していくんだ。時間をかけて、学んでいくことで、いろいろな形で自分がチームの勝ちに貢献できるものだと感じている。
チームとしては多くのケガ人が出て、ちょっと不安定ではあったけど、それはどのチームも同じ。安定して戦い続けるのは、ハードなことなんだ。僕らはよくやっていた。
ショウヘイが来てから、ドジャースの組織全体が変わったと思う。彼のおかげでファン層はとても幅が広がったし、多くの注目を浴びることになった。彼は勝つために全てのことをやっている。才能があり、他の誰よりも優れている。とても献身的な姿勢で毎日プレーして、僕らはみんな、彼とプレーできて幸運だと思っているよ。
ショウヘイが毎回打席に立つ度に、何かやってくれる気がする。とても特別なこと。だけど、彼1人では戦えないし、僕らのサポートが必要であって、彼のためにも僕らがいるんだ。
今年は自分も含めて故障者が多い状況で、乗り越えてきた。まだ離脱者もいるけど、みんな愛情を持っているし、お互いを信じている。それがこれからの戦いで大事になってくる。ファンも一緒に、僕らはこれからも戦っていくよ。
◆ムーキー・ベッツ 1992年10月7日、米テネシー州生まれ。11年ドラフト5巡目(全体172位)でレッドソックスに指名され、14年6月にデビュー。18年に首位打者とMVPを獲得し、同年ワールドシリーズ制覇。19年オフにドジャースに移籍し、20年に2度目の世界一。オールスター8度、右翼手でゴールドグラブ賞6度。175センチ、81キロ。右投げ右打ち。今季年俸2500万ドル(約36億3000万円)。



