オリックスの平野佳寿投手兼任コーチ(42)が25日、ソフトバンク戦(京セラドーム大阪)で引退試合に臨み、魂の空振り三振で21年間の現役生活に別れを告げた。0-9の9回に7番手で登板。36138人で埋まったスタンドから万雷の拍手を送られマウンドに上がった。同じく今季限りで現役を引退する中村晃と対戦。カウント2-2からの5球目、代名詞の126キロフォークで空振り三振に打ち取った。ベンチを出た岸田護監督(45)と握手とハグを交わすと、ナインも拍手と総立ちで出迎えた。

引退セレモニーでは、少年時代からの指導者やチームメートへの感謝を述べ、出会いの大切さを語った。同期入団の岸田護監督(45)、10年のリリーフ転向を後押しした元監督の岡田彰布氏(68)から花束が送られた。最後に長女、長男からも花束を渡され、終始笑顔でセレモニーを終えた。

日米通算65勝87敗、258セーブ205ホールド。「お釣りがくるくらい、やらせてもらった。すっきりしています」。この日で日米853試合。名球会入りも果たしたプロ野球生活をすがすがしく振り返った。

鳥羽(京都)から京産大を経て05年ドラフト希望枠でオリックスに入団。当時の岡田監督の意向で10年からリリーフに配置転換された。「先発で全然ダメだったので、言われたところをしっかりとやる。あの時がなければ今はなかった」。守護神への道を開いてくれた恩師に感謝は尽きない。

海外FA権を行使し、18年からメジャーに移籍。ダイヤモンドバックスなどに所属した3年間で150試合に登板し、8セーブ48ホールド。21年にオリックスへ復帰するとリーグ3連覇に貢献した。「帰ってきた1年目で優勝できた。あの瞬間は一番忘れられない」。最高の思い出に挙げた。

S05年ドラフト同期、岸田監督を支えることを誓った。「監督になられたこの2年で何も選手として貢献できなかった。申し訳ないと思っています。来年以降、もし2人で一緒にやれるんだったら、下で働いて、胴上げできるようにやっていきたい」。選手兼任はこの日で卒業。26日からはコーチ専任でバックアップに務める覚悟だ。【伊東大介】

★平野佳寿の主な記録

◆通算250セーブ 史上5位タイ、パ・リーグ1位タイ。41歳0カ月で達成は史上最年長

◆通算200セーブ+200ホールド NPBではおらず、日米通算で平野だけ

◆2年連続70登板(11、12年) 平野含め6人のプロ野球記録

◆5年連続60登板(10~14年) 史上2位、パ・リーグ1位

◆40代で通算8セーブ 史上1位

◆京セラドーム大阪で103セーブ 史上1位

◆平野佳寿(ひらの・よしひさ)1984年(昭59)3月8日、京都府生まれ。鳥羽-京産大を経て、05年大学・社会人ドラフト希望枠でオリックス入団。1年目に4完封するなど先発で活躍。10年からリリーフに転向し、11年最優秀中継ぎ、14年最多セーブ。17年オフにFAでDバックス移籍。マリナーズを経て、21年オリックス復帰。23年に日米通算で、25年にNPB通算で250セーブ達成。今季は投手コーチを兼任。球宴出場6度。17年WBC日本代表。186センチ、90キロ。右投げ右打ち。

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