2人の「おやじ」に背中を押されて、一人の若者が角界の門をたたいた。鎌谷将且、17歳。鎌谷の姓を聞いただけで、ピンと来た方は相撲通。母方の祖父に53代横綱琴桜(故鎌谷紀雄氏)の先代佐渡ケ嶽親方を持つ、現佐渡ケ嶽親方(47=元関脇琴ノ若)にとって、かけがえのない一粒種の息子だ。

 10月28日に福岡市内の病院で行われた、大相撲九州場所(11月8日初日、福岡国際センター)の新弟子検査。186センチ、147キロの堂々たる体格で、体格基準をクリア。内臓検査の結果をへて、合格となれば前相撲で初土俵を踏む。

 今夏の高校総体団体戦決勝。相撲の強豪・埼玉栄高の主将として2-2の大将戦で、2年連続高校横綱の強敵を下し優勝。翌8月の世界ジュニア選手権では個人の重量級で優勝。「私が観に行くと必ず負ける。だから小学生以降、観に行かなかった。それが、久しぶりに生で観た世界ジュニアで優勝ですから」と父を喜ばせた。

 その父の最後の一番となった、ちょうど10年前の九州場所13日目。小学2年生だった鎌谷は、家族とともに博多に行き、会場でその一番を目に焼き付けた。西前頭11枚目だった父は駿傑に送り出され5勝8敗。その11月25日で先代が定年を迎えたこともあり、琴ノ若は引退。佐渡ケ嶽が委譲され、師匠交代となった。

 その日のことを鎌谷は、鮮明に覚えているという。「その場にいました。寂しい半面、次は自分だ、という切り替えになった。その場に立ち会えて良かった」と振り返る。宿舎へ戻る車中での会話。「将来的に『琴ノ若を継いでくれよ』と(息子に)言ったのを、私も覚えてます」と父。その夢実現への1歩を、いよいよ踏み出すことになる。

 もう1人の「おやじ」は、埼玉栄中-高校と6年間、手塩にかけて育てた相撲部の山田道紀監督だ。当初は中卒で角界入りの予定も、鎌谷本人の「今の力では通用しない」の自覚で、さらに3年間、名伯楽の元で修行した。「鎌谷とは6年間、同じ屋根の下で過ごしてきました。初めは体は子供。でも精神的には大人でした。相撲部屋を継がなくてはいけないという責任感を、小学生のころには背負っているのだなと感じました。プロは甘くない。でも根性を持ってやってきた。耐えられると思います」。

 角界の荒波にもまれ、数々の苦難に打ち勝った時、まずは「目標とする関取」(鎌谷)の座が待っている。その先に「琴ノ若」、さらに大関以上で「琴桜」のしこ名を背負う時が来るだろう。2人の「おやじ」も、その日が来るのを楽しみにしている。