横綱白鵬(33=宮城野)が驚異の粘り腰で全勝を守った。西前頭2枚目北勝富士に押し込まれたが、土俵際で左脚、さらに右脚だけで残って突き落とし。物言いがついたが、軍配通りに白星を手にした。連勝記録を63で止められた宿敵であり、盟友でもあった稀勢の里引退の日。自らを「託された者」と呼び「引退、負けは死ぬってこと」と表現する横綱の責任を、執念で体現してみせた。

    ◇    ◇    ◇

必死の攻防だった。若い北勝富士の圧力に、白鵬が耐える。左右の張り手を8発見舞っても、押し込まれた。そこからだった。絶体絶命の土俵際。左脚1本で残りながら、左脚1本で立ち、勢いあまった北勝富士を泳がせた。すかさず残り脚を右に替え、相手が落ち行く姿を確認してから、外に出た。

「まあ、稽古のたまものだよね」。軍配は自分に上がったが、もの言いがついた。「見ていて(相手が宙に)飛んでる感じがあったんで、悪くてももう一丁かなと」。諦めない。絶対に勝つ。勝たなきゃ意味がない-。稀勢の里が土俵を去った日、白鵬はいつも以上に横綱だった。

「朝から寂しいことがあったんで、場所に来て“切り替えなきゃ”と思った」。都内の自宅で朝起きて、妻紗代子さんに「稀勢の里引退」を知らされた。朝稽古後に心境を語った。「さびしいって感じです」-。1番の思い出を問われて「それは63連勝で止められた時ですよ」と即答した。7日目には双葉山の69連勝に届いた10年九州場所2日目だった。「遠慮なく向かって来た。だから、止められた。横綱になってくれた時はうれしかった。連勝を止めた力士ですから」。13年名古屋場所14日目にも連勝を43で止められた。「言葉少な、暗いとか思われているかもしれないけど、全く逆の好青年」と人柄を愛し、力士として「上に上がって行こうっていう気持ちがあった。一生懸命さは他の力士に比べると強かった」と認める。昨年には「できる限りのことをしようと思った」と三番稽古の相手を務め、助言も送った。

横綱の座を去る戦友の思いはイヤほどわかる。「つらい、大変なことなんです。見た目は良くても、勝たないとダメ。引退、負けるっていうのは、死ぬってこと。託された感じになりますね」-。だからこそ、この日は、いやこの日も絶対に負けられなかった。

もう戦いたくても、戦えない。「これからよろしくお願いしますというか。今度は酒でも飲みに行けるかな」。横綱の厳しさ、強さを見せつけた白鵬が、ニコッと笑った。【加藤裕一】