2019年が間もなく終わる。この1年、相撲界では、さまざまなことが起きた。角界での「印象に残った10の言葉」を1月から順に紹介したい。今回は7月以降の下半期。【取材・構成=佐々木一郎】

(6)「そうだね、練習しないとね」(安美錦、7月17日)

名古屋場所10日目、40歳だった安美錦が引退を発表した。ケガと闘い続けた力士人生。特に37歳で左アキレス腱を断裂してからは、家族ぐるみでケガと向き合ってきた。引退を表明した日、ひとしきりの報道対応が終わった後、安美錦の宿舎個室で個別に話を聞かせてもらった。話の途中で安美錦のスマホが鳴り、家族とFaceTime(テレビ電話)でつながった。画面越しの家族に向かって「パパ、引退することになったけど、いいかな?」と問い掛けた。すると、5歳の長女が「いいよ。これでママが疲れたら、運転交代できるね」と無邪気に言った。「そうだね、練習しないとね」と安美錦。長女は子供ながらに、力士は運転できないこと、ママが長時間運転してパパを全国の治療院に連れて行ったことを知っていた。これを思うと泣けてきた。安美錦引退相撲は、2020年10月4日、国技館にて。

(7)「あっ、行司が消えた」(NHK佐藤洋之アナウンサー、9月13日)

秋場所6日目の朝乃山-豪栄道戦。取組の最中、NHKの佐藤洋之アナウンサーは「あっ、行司が消えた」と実況した。文字通り、画面から行司の木村玉治郎が突然消えた。取組中に足をもつれさせて転倒し、土俵下に落ちていった。「消えた」と表現したセンス、間合いも含め、突然の出来事にも驚きすぎないさじ加減など、総合的に名実況だった。後日、佐藤アナに聞くと、反響は大きかったとのこと。

(8)「負けた相手は出したくない」(嘉風、9月16日)

引退会見では「思い出の一番は?」は定番の質問だ。この質問に、嘉風はこう答えた。「勝った相撲だと、負けた相手を出すことになるので、それはあまりしたくない。強いて挙げるなら、新小結の時、横綱になる前の稀勢の里関と目いっぱいの力を出し切って負けた(取組)。負けて今までもらった声援の中で一番大きかった。体の芯から震えるような拍手をもらって、花道も堂々と引き揚げた思いがある」。負けても充実していた一番を挙げたあたりは、嘉風らしい。この会見では、引退のきっかけになった大けが(地元PRのための渓流下りでの事故)も明かすなど、あらゆる意味で衝撃的だった。嘉風引退相撲は2020年10月3日、国技館にて。

(9)「新十両の時よりうれしいです」(照ノ富士、11月22日)

元大関の照ノ富士が、関取復帰を決めた。西幕下10枚目で迎えた九州場所は7戦全勝で優勝。最後の一番を取り終えた後、まず最初に「新十両の時よりうれしいです」と言った。関取経験者の多くは引退後、もっともうれしかった瞬間として、新十両昇進を決めた時を挙げる。一人前として認められ、給与も待遇もすべてが一変する幸せの瞬間。その時をも超えると言うのは、大関から陥落した後の2年間、いかに苦しかったかの表れだろう。

(10)「令和元年に間に合ってよかった」(白鵬、11月23日)

九州場所14日目、横綱白鵬が43度目の優勝を果たして、こう言った。白鵬は、目標を立てるのがうまい。優勝回数を含め、主要な記録のほとんどを達成し、1位記録を更新し続けている。「○○関を抜く」という目標がなくなっても、手が届きそうな数字を口にし、自らのやる気をかき立てる。東京五輪まで現役を続けたいことは数年前から公言し、九州場所後は優勝50回さえ口にした。

果たして2020年は、どんな年になるか。