日本相撲協会は6日、第31代木村庄之助の阿部正夫さんが2月26日に死去したと発表した。北海道上川郡美瑛町出身、85歳だった。葬儀は家族葬として執り行った。

阿部さんは1955年に行司として日本相撲協会に採用され、式守正夫の行司名で初土俵。85年初場所で幕内格、95年初場所で三役格、01年九州場所から立行司に昇格し、32代式守伊之助を襲名。03年夏場所から31代庄之助として16場所務め、05年九州場所後に定年を迎えていた。

阿部さんは定年会見の際、印象深い取組として「死に体」か「かばい手」かの騒動となった04年名古屋場所中日の朝青龍-琴ノ若戦、マゲの差の際どい勝負となった05年名古屋場所中日の朝青龍-琴欧州戦を挙げた。「土俵には無心で上り集中力を持って勝負を見極めようとしてきました」と行司としての心得を語り、定年後について「楽しんで相撲が見られると思います」と話していた。

◆死に体論争 朝青龍-琴ノ若戦で、琴ノ若の左上手投げに体が完全に裏返った朝青龍だが、そのままブリッジで残し、直後に琴ノ若は左手をついた。31代庄之助は琴ノ若に軍配を上げた。審判団は3分を超える協議の末、琴ノ若の左手がつくのと、朝青龍の体が死に体になるのが同時として取り直し。取り直しは朝青龍が切り返しで快勝した。翌日、琴ノ若は「終わったことだから仕方ないけど、あれが死に体でないのであれば、今後死に体はなくなる。つき手か、かばい手か、どちらかであればすっきりしたのに」と話した。場所後の横審でも当時の内館委員が疑問の声を上げていた。