旅には欠かせないのが駅弁ですが、その誕生には諸説あります。1885年(明18)7月16日、私設鉄道の日本鉄道会社(現JR東日本)が上野から宇都宮に延伸した際、宇都宮で旅館を経営する白木屋が鉄道会社からの要請で作ったのが始まりとされています。オニギリ2個とタクアン2切れを竹の皮に包んだだけで、価格は5銭。後に、その土地の食材を使った名物駅弁が次々と生まれました。

1872年(明5)の鉄道開業時、英国から蒸気機関車10両と客車が輸入されました。そのうちの1両が付番から「1号機関車」と呼ばれています。バルカン・ファウンドリー社製の1Bタンク機関車で、重さは23・5トン、動輪の直径は1321ミリ。1911年(明44)に廃車となり、島原鉄道へ払い下げられました。30年(昭5)6月に鉄道省(当時)に返還された際、島原鉄道の植木元太郎社長は「惜別感無量」の銘板をつけ、別れを惜しみました。その後58年(昭33)10月14日に鉄道記念物となり、97年(平9)6月30日には国指定重要文化財に。現在は埼玉・大宮の鉄道博物館で保存展示されています。

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