2026年、リトルシニア関東連盟出身の選手9人がNPB球団に入団しました。中学時代の指導者やチームスタッフを取材して、彼らの人柄やエピソードを、当時と最新の写真とともに紹介します。
今回は静岡裾野リトルシニア出身でヤクルト1位の松下歩叶内野手(法大)です。
【静岡裾野リトルシニア・佐藤裕徳監督語る】
松下は私がヘッドコーチ時代に入部してきた選手です。ベイスターズジュニアという触れ込みでしたが、小さくて細くて、打球はほとんど飛ばなかった。でも、グラブさばきが抜群で、見てきた中では、いないレベルだったのが印象的でした。
ノックが好きで、1時間の昼休憩も弁当を20分ぐらいで食べ終えて「ノックお願いします」って受けてました。遠征から帰ってきて、まだ下級生が練習していたら、一緒にノックを受ける。そんな子はいなかったのですが、1番うまいのが進んでやるから、いつのまにか「僕もいいですか」って選手が出てきた。それが伝統になったようで、今も時間をみつけて、ノックを願う選手がいますね。
同期に木本圭一主将(明大)、勝間田礼琉(国士舘大)がいて、そろって桐蔭学園(神奈川)に進学して、それぞれ大学で主将に選ばれた。当時から主将を任せてもおかしくない3人ですから、よく相談して練習メニューを監督に提案するぐらいでした。強いチームで、夏の日本選手権で優勝することができました。木本主将がU-15日本代表でW杯出場のため決勝は欠場したのですが、代わって松下らがまとめてくれました。
松下は大会通算6割2分5厘と打ちまくったように、打力もつけました。忘れられないのは予選の関東大会佐倉戦で逆方向のライトに本塁打を放ったこと。「この子は化けるだろうな」と思ったし、チームでよく言った「守備はグラウンドで、バットは家で振れ」を体現して、自宅でも自主練習をしていたのでしょう。
「ど」がつくほど真面目で欠点が見当たらない。「野球の原点は裾野シニア」と言ってくれますが、守備を通じて体を鍛えて上達した。チーム初のドラフト1位選手が誕生して、うれしいです。
◆松下歩叶(まつした・あゆと)2003年(平15)4月14日生まれ、神奈川県南足柄市出身。静岡裾野時代は遊撃手。桐蔭学園で甲子園出場はないが、1年春からベンチ入り、2年秋から4番打者に。法大では二塁手で1度、三塁手で2度ベストナイン。大学通算打率2割9分3厘、14本塁打。今年夏の日米大学野球で主将を務め、MVPも獲得した。181センチ、87キロ。右投げ右打ち。背番号6。

