【舞台裏】左目が見えなかった中で 西武渡部聖弥を突き動かす強さ、そのひと言ひと言

西武渡部聖弥外野手(23)の魂に心震えました。外野手登録ながら、2年目の今季は三塁手に転向。8月9日のソフトバンク戦(ベルーナドーム)の守備で、強いゴロがイレギュラーバウンドし左目の下を直撃しました。左眼窩(がんか)底骨折と診断されました。攻守に今後の影響も心配される中、元気に練習を再開。しかも今後も三塁手として。彼を突き動かすものはいったい―。リハビリの隙間に、ひざを突き合わせてくれました。

プロ野球

★渡部選手が語った主な内容

  • 骨折直後「現実じゃないような感じ」衝撃の瞬間を回想
  • 「ビビってたら普通の球さえ捕れない」恐怖心との向き合い方
  • 「自分の存在意義というか」三塁挑戦をどう捉えたか

◆渡部聖弥(わたなべ・せいや)2002年(平14)8月31日生まれ、広島県府中市出身。府中南小1年のときに府中南少年野球クラブで野球を始める。府中一中で、軟式野球部と府中野球クラブに所属。広陵(広島)では2年春にセンバツ出場。大商大は1年春から出場。全国大会に4度出場。2年秋には連盟新記録の5本塁打をマーク。大学日本代表にも選出。4年秋は、MVP、首位打者含む4冠に輝き、最終節で連盟タイ記録の119安打に並んだ。24年ドラフト2位で西武入団。開幕戦の3月28日日本ハム戦(ベルーナドーム)に「5番左翼」でスタメン出場。プロ初安打を含む2安打を放った。1年目は通算109試合、110安打、打率2割5分9厘、43打点、12本塁打、2盗塁。177センチ、88キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸3100万円。

西武対ソフトバンク 3回表ソフトバンク無死一塁、正木智也の打球が当たりベンチに引き揚げる西武渡部聖弥(中央)=2026年8月9日

西武対ソフトバンク 3回表ソフトバンク無死一塁、正木智也の打球が当たりベンチに引き揚げる西武渡部聖弥(中央)=2026年8月9日

「聖弥?サードだよ。もちろん変えない」

北海道・美唄のグラウンドに西口文也監督(53)を乗せた車が到着した。2年連続の3軍夏合宿。1軍での活躍を夢見る若獅子たちが、涼しくとも強い日差しの中、ユニホームを泥だらけにしている。

8月10日の昼下がり。1軍の西口監督に、彼らの姿を見た感想を聞くのも仕事だ。一方でこの日は、美唄にいながら1軍のことも聞かねばならない。前夜、美唄で食事中に渡部が途中交代したことを知った。打球が目の下に当たったという―。

三塁手はホットコーナーといわれる。右打者が引っ張った、とんでもなく強いゴロが飛んでくる。令和の野球界では打球速度も可視化されるようになった。160キロ、170キロの打球も当たり前だ。

イレギュラーとはいえ、そんな強いゴロが目の下に当たる。視力に影響はないだろうか。場合によってはもう三塁をやらない選択肢も、いや、もうできないこともあるのだろうか―。その疑問を直接、西口監督に尋ねた。

「聖弥? サードだよ。もちろん変えない」

明言、即答だった。しかも「本人的にはもう(実戦で)行けるような感じで言ってるっていうから、こっちとしてはびっくりしてるんだけど」と、続けざまに驚かされる。

その2日後、8月12日には渡部がすでに練習再開したとか、そろそろ再開するとか、そういった話も耳にした。本当に大丈夫なのだろうか―。

若手選手たちに言葉を贈る西武西口文也監督(撮影・金子真仁)=2026年8月10日

若手選手たちに言葉を贈る西武西口文也監督(撮影・金子真仁)=2026年8月10日

回想

いろいろなことがあって渡部のことが脳裏から消えていた8月15日午前、ふらっと3軍練習をのぞいた。腰の手術を終えた与座海人投手(30)に会いたかったから。ふと、後ろから歩いてくる2人の姿。1人はトレーナー、もう1人は…サングラスをかけていた。

「お疲れさまです」と言いながら、サングラスを外してにやっとした。渡部聖弥だった。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。