芝居から伝えたいメッセージがある。俳優東出昌大(35)が、公開中の映画「Winny」(松本優作監督)で好演している。

三浦貴大(37)とのダブル主演作で、04年に起きたファイル共有ソフト「Winny」の開発者、金子勇さんの著作権法違反ほう助での逮捕、裁判で無罪を勝ち取るまでの実話を描く。このほど取材に応じ、作品への思いや、21年冬から始めた山中での生活について語った。

公開初日は自ら映画館に足を運んで作品を見たという。

「ぼろぼろ泣いてしまいました。自分が出演しながら言うのもおこがましいですが、良い映画になったなと。心からそう思える作品です」

金子さん本人や、弁護した三浦演じる壇俊光氏らの視点から見た当時の状況を色濃く映し出した作品。あまり知られていなかった裏側を描いたシーンも多くある。

「題材はセンセーショナルなのに誰も知らない真実を描いているので(周囲の)反響も他の作品よりも多かったですね。エンドロールまで見どころが詰まっていて、立ち上がれなかったという声も聞きます。それぞれの感想がある中で、衝撃作になったんだなと思います」

東出自身もインターネットの出現による情報社会に思うところもあった。

「いろいろな情報が氾濫する世の中になっている中で、こうやって組織というものが絡むと真実がどこにあるのかよくわからないまま、どんどん次の話題になっていく日本社会に閉塞(へいそく)感を覚える人が多いという話も耳にしていました。そうしたことに真摯(しんし)に向き合って作った映画だったので、お客さんのもとに届いて『知らなかった』とか『こんな事実があったのか』とか『こんな天才を亡くしたのが寂しい』と言ってもらえるだけのものをお届けできたのは、胸を張れる思いです」

金子さんは裁判に約7年半をかけて11年末に最高裁で無罪となるが、13年7月に急性心筋梗塞で42歳の若さで亡くなった。若手プログラマーの育成に着手する中での、志半ばでの急死だった。

「相当な覚悟を持ってやらないといけない。そうしなければ遺族の方や関係者の方に失礼だと思っていました」

撮影へ向けては体重を10キロ以上増量し、膨大な当時の資料も読み込んだ。生前の金子さんを知る人に細かなしぐさも教わり、「形態模写に近い形で自分のものにしていきました」と振り返る。

「金子さんを知る人たちが本当に尽力してくれて。それは『金子勇』が大好きだったからだと思いました。なぜそこまで思われるのかを解明することも大事だと思いましたし、そういう風に思われる『金子勇』になることも大事だと思ってやっていました」

撮影終了からほどなくして、自身は関東近郊の山中へ生活拠点を移した。すでに1年が過ぎた。猟銃でシカやイノシシなどを狩り、畑では野菜も育てて自給自足の生活を送る。そうした生活には20代の頃に読んだ本をきっかけに興味を持っていたといい、現在の住まいも約5年前から時間を見つけては定期的に訪れていた場所だ。

「これまでの生活では、例えばスーパーのお肉や居酒屋の残されたハムカツにも、何かの命が絡んでいるとかを考えている余裕もありませんでした。でも、考えたいなと思って。生きていくとは何かを考える。人生にとってもいいんじゃないかなと思って始めました。本業は役者なので、充電のためにも性に合っています。将来的な役者業の糧になる経験はできていると思います」

20年の自身の不倫報道などでメディアに追われる日々が増えたことも決断を後押しした。昨年2月には所属事務所からも独立。現在もマネジャーはおらず、自身が窓口となって出演オファーや取材の対応をしている。

「逆に自分の言葉で話せるようになったので、違うことには違うと言えるし、価値観も正直に伝えられる。でもまだ事実ではないことを書かれることもあるので、世知辛いなと思うこともありますね」

金子さん役を演じたことで「悪口や愚痴を言わない、ポジティブな雰囲気で過ごすことの素晴らしさを教えてもらった」という。最近は登壇した舞台あいさつなどで自然と明るい表情を見せることも多くなった。金子さんが生前のインタビューで話していた「好きに勝るものはない」という言葉は強く心に刺さったといい「僕も悲喜こもごもの感情も含めて芝居に夢中になっているのは好きということなので。金子さんが持っていたような推進力を掛け合わせて役作りをしました」と語った。

もし、金子さんが映画を見たら何を語るだろうか-。

「(実際の弁護した)壇先生と話していたんですけど『顔の前で手をブンブン振りながら、自分はそんな身ぶり多くないよって言ってる』と。僕もそんな気がしますね」

今の生活の期限は決めていない。SNSなどでの発信も今はしないと決めている。世間へ伝えたいメッセージを聞くと「僕は使える言葉を持たないので」と切り出し「だからこそ映画の中で役を全うして、それが作品として届いた時にお客さまが何を思ってくださるのかが僕の表現だと思うので。唯一、懇願するものがあるとすれば『映画を見て下さい』という言葉しかないです」。

好きなものを、ただ純粋に極めていく。役者としての向上心を絶やさず、今は黙々と目の前の仕事に集中する。【松尾幸之介】