女優加賀まりこ(82)が28日、テレビ朝日系「大下容子ワイド!スクランブル」(月~金曜午前10時40分)に電話インタビューで出演し、長年の親交があり、この日訃報(ふほう)が伝えられた脚本家の倉本聰(くらもと・そう、本名山谷馨=やまや・かおる)さんとの思い出を語った。
倉本さんの訃報はこの日、倉本財団が公式サイトで発表した。18日に多臓器不全のため死去したという。91歳。葬儀は家族の意向ですでに営まれている。
加賀は、倉本さんが「ニッポン放送を(1963年に)お辞めになったころからの付き合い」だと明かし、訃報への受け止めを問われると「私は、ほっとしました」と打ち明けた。「あんなにたばこを吸うのが大好きだった倉本さんが、この2年くらいはたばこもだめ、ずっと鼻に酸素を付けた状態で車いすで暮らしておられたのね。彼にとって、けして楽しいとは私には思えなかったので、ああ、やっと楽になって良かったね、って、今は思っています」と打ち明け「(親交は)本当に長いです」とも語った。
加賀は近年、倉本さんが脚本を担当し、テレビ朝日系で放送された「やすらぎの郷」(17年)「やすらぎの刻~道」(19年)に出演。テレビ界や映画界で活躍した人だけが入居できる高齢者施設を舞台に友情や愛、死などさまざまなテーマが描かれ、加賀をはじめ昭和の時代から活躍する俳優が多く出演し、大きな話題を呼んだ作品だった。
加賀は、倉本さんの印象を「ざっくばらんな方」と振り返り、「私の家の近くのホテルで前から執筆をなさっていたけれど、執筆に疲れると『まりこ、今から散歩に行くから付き合え』と言われ、よく散歩に付き合った。近所の喫茶店のマダムや商店街の人たちとも、実に気さくに話していました」と述べた。最も印象に残ることを問われると「立派な話はなくて、ごめんなさい」と断った上で、「八千草薫さんが(19年に)逝かれたときに、『本当におれは、八千草さんがいなかったら書く気がうせた』とおっしゃっていたのが、女優として聴いていて、うらやましいと思いました」と振り返り、「彼にとって、八千草さんは『マドンナ』だった。八千草さんがこの世にいないので、もう書く気がしないとおっしゃっていたのが、最後にいちばん印象に残りました」と述べた。八千草さんが「きっと、生きる力のひとつだったんでしょうねえ」とも口にした。
加賀はまた、倉本さんを「一本、貫いているものがある」とも述べ、「たとえば、原作ものを脚本化するのは絶対にやりません、みたいなことをはっきり、お願いしにきたプロデューサーさんにも(伝えていた)。『帰ってください』と。とてもその辺ははっきりされた方だった」と回顧。「常に、書きたいものはご自分の中にあるものしか書かないという。テレビ局の要請に応えて、という仕事の仕方は全然していなかった」と、倉本さんの仕事のこだわりについても語った。
大下容子アナに「あらためて、どんな言葉を贈りたいですか」と問われた加賀は、「あちらで八千草さんにも会えるし、緒形拳さん、高倉健さんにも会える。楽しいじゃないですか、きっと」と述べ、「そう思って差し上げるのも失礼ですが、それがいちばんの供養かなと思うし、今はあちらでおいしいお酒を飲んでいるんじゃないでしょうか。たばこも吸って」と悼んだ。



