★8月31日、中道改革連合、立憲民主党、公明党は3党合流を見送ることを確認。中道の解体が決定し、立憲民主党出身の衆院議員は今月17日、新党「民主改革の会」を結成した。前中道代表・小川淳也が代表に就任。同・階猛が幹事長に就き、綱領は中道と同じという。民主党以来、この30年余り野党第1党は右派と左派の対立の歴史だった。細川、羽田政権崩壊後、自民・社会・さきがけの3党連立政権の時、94年に非自民・非共産が結集して新進党が生まれたが、結成時の所属国会議員数は214人(衆議院178人、参議院36人)。これが保守系野党最大規模だった。民社党・日本新党・自由改革連合など首相・高市早苗も都知事・小池百合子も小沢一郎も公明党も一緒にリベラル政権と言える自社さ政権に立ち向かった。

★この時も急ごしらえの大所帯で組織が持たず97年に解散し、後に民主党が生まれるが、それ以降も野党の内紛ばかりを国民は見せられた。党が壊れるたび「まとまろう」という思いで右派と左派が共存するがそれが火種となってきた。今回の中道壊滅騒動でも「護憲・リベラル・共生」を掲げる通称ゴリラなるグループが現れ、中道から出馬し落選した代表・川内博史はバラバラになった各議員のゴリラへの糾合を目的としたが、立憲民主党への復党を選んだ。

★民主改革の会には小川や階のほか長妻昭、岡田克也、重徳和彦、落合貴之の参加が確認されているが、元立憲代表・泉健太は逆に参加しないと表明。塊を作る難しさを露呈させた。小川らは新党の綱領を中道と同じにしたことで参加のハードルを上げたが、この間、公明党は自らの党の歴史をリセットせず中道右派として小川とやってきた。野党関係者が言う。「公明の自民党との連立復帰を念頭に、民主改革の会は野党の塊ではなく与党入りの枠組みに入りたいのではないか。ある意味、国民民主とどちらが自民と組むのか、連立入り合戦になってはいまいか」。自民と対峙(たいじ)するための野党は「穏健保守」ですそ野を広げるべきだが、野党はまだそこまでいっていない。(K)※敬称略