★元首相・福田康夫が死去した。90歳だった。森喜朗内閣、小泉純一郎内閣で官房長官を務め、07年、第1次安倍晋三内閣の後を受け首相に就任した。父・福田赳夫の首相秘書官、官房長官と官邸内の帝王学を学んだクールな首相だった。ねじれ国会に苦しみ野党との調整に費やす時間は多かったが、内閣は1年間にわたり消費者庁設置、公文書管理法制定と現内閣が大切にしているとは思えないテーマに取り組んだ。ねじれ解消に民主党代表・小沢一郎(当時)と大連立を模索したがうまくいかなかった。

★思えば昨年10月には元首相、社会党委員長だった村山富市も101歳で死去した。宿敵・自民党との連立は自民党の与党復帰に欠かせず、社会党からの首班となった。社会党はそれまで自衛隊を違憲合法という玉虫色の解釈で切り抜けてきたが、自民党との連立で「自衛隊は合憲」「日米安全保障条約の維持」「非核三原則の堅持」「日の丸・君が代の容認」と現実路線にかじを切った。村山で忘れてはならないのは戦後50年の節目に、日本の植民地支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えたことを公式に認め「痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明」する閣議決定、いわゆる村山談話だ。当時、1年生議員の高市早苗が猛然と批判した。

★昨年12月には、元共産党書記局長、委員長、中央委員会議長を歴任した党の理論的支柱と言われた不破哲三も95歳で死去した。一貫した野党の立場から与党の政治とは全く別の視点で戦後の日本を見続け、佐藤栄作を皮切りに小泉純一郎まで自民党歴代首相15人との理論的論戦は国会のレベルを高めたといえる。今年6月には日中間の溝をうめるための訪中準備をしていた元衆院議長・河野洋平も89歳で死去した。自民党総裁、副総理、外相を歴任。自民党を離党、新自由クラブ結成、自民党との連立を経て復党。1993年、宮沢内閣の官房長官として「河野談話」を発表し、慰安婦問題に対する旧日本軍の関与と謝罪を表明した。晩年はリベラル・ハト派の重鎮として影響力を持った。いずれも戦争を知る世代であり、平和の希求の意味を知る政治家だった。(K)※敬称略