平成の30余年が30日に終わり、天皇陛下が退位される。思い起こされるのは、全国を、世界を旅して人々とふれあい、死没者、戦没者に祈りをささげるお姿だ。なぜ天皇陛下は旅したのか。その意味を近現代史研究者の辻田真佐憲(まさのり)さん(34)が読み解く。
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私は明治以降の天皇が、公的、私的に発した言葉を研究しています。平成の終わりに当たって、天皇陛下が何を考えていたのか、言葉から読み解いてみます。
天皇陛下が即位以来、一貫して述べていることがあります。ひとつが「憲法」です。もうひとつが「歴代天皇」「歴史」「伝統」といったフレーズです。
この2点に必ず言及する真意は、神話の時代から続くとされる皇位を自分の代で途絶えさせるわけにはいかない、皇位を永続させる、ということだと、私は考えます。
戦争が終わって、昭和天皇はいわゆる「人間宣言」をしました。しかし「天皇は現人神(あらひとがみ)ではない」と宣言しただけで「ただの人間だ」と言ったわけじゃない。何千年も続く神の子孫という物語があるから、国家と国民の安寧を祈る宗教的存在としての「天皇」でいられる。天皇である以上、そこは絶対に譲れない。
しかし、天皇の宗教性は、政教分離をうたう憲法との相性が良くない。憲法との関係を厳密に問われれば、天皇制の否定につながりかねない。天皇陛下は「憲法を念頭に置く」と言い続けて、宗教性に対する国民の危惧(きぐ)を和らげようと考えているのでしょう。憲法と歴代天皇をセットで語る意味は、そこにあるのです。
2015年8月、全国戦没者追悼式で、天皇陛下は「さきの大戦に対する深い反省」を示しました。反省の言葉を避け、アジア諸国への加害責任に触れない安倍晋三首相への抵抗と見なし、「天皇陛下は安倍政権に批判的だ」「リベラルな思考を持っている」と受け止めた人もいました。
天皇陛下が、平和を愛し、先の大戦に深い反省の気持ちを抱いていることは、おそらく正しい。しかしそれだけではないでしょう。
現在を生きる人たちの思考は10年単位、せいぜい100年先までです。しかし、2600余年に及ぶとされる皇室の歴史を今に生きる天皇陛下は、1000年単位で発想しているように思います。今は政治や社会が右寄りだと言われますが、永遠に右寄りであるはずがない。天皇陛下は、昭和天皇が周囲に押し切られる形で対米英戦争に踏み切り、皇統が危機的状況に陥ったことを見ています。政治や社会に寄り添いすぎると共倒れする、と学んだことでしょう。先の大戦は「間違った戦争だった」という歴史認識が、1000年先も、イデオロギーと関係なく普遍性を持つだろうという考えもあると思います。
「深い反省」は、そんなバランス感覚によるものと見ます。決して左右対立や親安倍、反安倍といった構図で読み解くべきではありません。
ただ、私もよく説明できない一節が、2015年の元日「天皇陛下のご感想」に出てきました。先の大戦を「満州事変に始まる」という認識を示したのです。大陸進出が、そもそもの間違いだったという意識があるのでしょうか。しかし、満州事変は発生の2年後に停戦協定が結ばれたので、日中戦争開戦までの間、日本は戦争をしていない。先の大戦の起点をどこに置くか、今も研究者の間でも意見が分かれています。この発言の真意は、どこにあるのでしょうか。とても気になります。
昭和天皇は戦後も君主意識が抜けず、政治的な発言が多かったことも、後に周囲の証言から明らかになっている。天皇陛下については、まだ表向きの言葉しか出ていません。もう少し時間がたつと、内輪のやりとりが出てくるでしょう。実は何を考えて、どういった発言をしていたか。今後を楽しみに待ちたいと思います。
【取材・構成=秋山惣一郎】
◆辻田真佐憲(つじた・まさのり)1984年(昭59)8月22日、大阪府松原市生まれ。戦時中の政治や社会、文化や芸術について幅広く研究、執筆を続ける。著書に「天皇のお言葉 明治・大正・昭和・平成」「日本の軍歌」「ふしぎな君が代」など。

