宮城県石巻市出身の俳優芝原弘(38)は、9年前の東日本大震災当時に東京で活動していた。

自分が東京で培った演劇を故郷に持ち帰り、心の復興に尽力したいと16年に「いしのまき演劇祭」を立ち上げた。昨年まで4回、開催したところ首都圏の著名な劇団も石巻で公演を開催するなど着実に前進している。芝原は昨年6月に生活の拠点を仙台市に移し、被災地で初めてとなる「3・11」を迎える。

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石巻が津波に襲われた瞬間を、芝原は知らない-。そのことが、ずっと引っかかっていた。夢を見いだせずに高校卒業後に上京し、戻るつもりもなかった故郷との心の距離を縮めた。

俳優として何が出来るかを考え、舞台という文化で心の復興支援をしようと決め、13年に演劇ユニット「コマイぬ」を旗揚げ。東北の作家が3・11以降に各地で集め、実話を元に創作した「みちのく会談」を朗読する「よみ芝居」を始めた。

16年には発起人の1人として、いしのまき演劇祭を立ち上げた。例年11月に各地の劇団を招き、毎週末に公演を開催。第1回は500人を動員した。以後100人ずつ動員を増やしている。宮城県で演劇が行われるのは約50キロ離れた仙台が常だったが、石巻でも公演を開催できることが認知され始め、昨年は唐十郎氏の劇団唐組が初の紅テント公演を行った。公演を望む劇団も増え、成果が出ているが、一方で収益を上げるまでには至っていない。芝原は「手弁当でボランティア頼みの現状を脱却して初めて先が見える」と語る。

演劇祭を重ねる中で「東京から演劇を届けるのではなく、石巻の人と一緒に作りたい」と心境が変化した。昨年6月、宮城県岩沼市出身の女優で妻の菊池佳南(33)と仙台に移り住んだ。東京ではホテルマンとの兼業で活動してきたが退職し、仙台で就活中だ。

1年前の3月11日は、岩手県大船渡市で震災をテーマにした舞台に出演したが、当時は東京在住だった。住民として被災地で初めて3・11を迎える。「体験していないから、右往左往しそう。戸惑いは大きいと思う。だから他の住民の方々と一緒に過ごして鎮魂したい。この先も石巻の方と演劇を作り上げていきたい」。節目となる第5回いしのまき演劇祭の準備は始まったばかりだ。【村上幸将】

◆芝原弘(しばはら・ひろし)1982年(昭57)2月27日、宮城県石巻市(旧河南町)生まれ。石巻西高から桐朋学園芸術短大演劇専攻に進み、06年に劇団黒色綺譚カナリア派に参加。13年以降、より小回りの利く朗読劇や絵本の読み聞かせに重きを置いた創作を続け、石巻で「月いちよみ芝居」を続ける。いしのまき演劇祭実行委員会副代表。17年に結婚した妻の菊池は、岩井俊二監督の映画「ラストレター」に出演。