6月の首都圏ラジオ聴取率調査で、J-WAVEが1988年(昭63)の開局以来、初の単独トップに立った。2001年(平13)からおよそ20年間、首位を守り続けたTBSラジオを止めた。日独英語を操るトライリンガルにして同局の朝の顔、「STEP ONE」ナビゲーター、サッシャ(45)にJ-WAVEの今を聞いた。【取材・構成=秋山惣一郎】
-聴取率、好調だそうで
「僕もスタッフも自信を持って放送している番組なので、素直にうれしいです。でも仮にリスナーが1人しかいなくても、その人の心に深く刺さればいいとも思ってます。数字は気にしないと言えばうそになりますが、それだけではないという感じですね」
-リスナーは若者ですか
「僕の想定するリスナー像は、音楽が好きで、好奇心にあふれた人。世代や性別、職種は関係ない。多様化している時代では、世代で分けるよりも趣味やライフスタイルが共通することが大切だと思うので、若い人に限らずさまざまな方に聴いていただきたいと思っています」
-番組を聴かれるポイントはどこだと思いますか
「ラジオの良さって『ながら』だと思ってます。仕事や家事、勉強などリスナーの『ながら』を邪魔したくない。日常の暮らしを何も変えずにラジオだけ付け加えてもらうのが理想かな。聴いて欲しいし、聴いて得したと思ってもらいたいけど邪魔はしたくない。その案配が難しいですね」
-音楽とトークの関係をどう考えていますか
「音楽が好き、音楽を流してるのが好き、というリスナーに支えられてるFMにとって音楽は主食だと思います。トークは主食の音楽を引き立たせる調味料。逆にAMは、パーソナリティーのトークが主食で音楽は調味料。そんなイメージかもしれません」
-今は定額配信サービス(サブスク)で音楽を聴く時代です。ラジオで音楽を流す意味とは
「洋楽の歌詞が理解できなくても、これは人種やジェンダーの問題を歌ってます、と一言添えるだけで、伝わることっていっぱいありますよね。しゃべりすぎるとリスナーの日常を邪魔してしまうんで、そこは気をつけていますが、それがFMの調味料、トークの役割。サブスクにはないラジオの魅力です」
-番組では、ジャニーズやAKBなど日本の大衆音楽は、あまりかけない印象です。なぜですか
「J-WAVEという局の文化もあるのかもしれませんが、かけないと決めてるわけじゃないし、実際にかけたこともあります。そういった大衆音楽にもいい曲はいっぱいある。でも、それしか聴かないのはもったいない。僕の番組では、もっと違う曲もあるよ、海外ではこんな歌がヒットしてるけどどうかな、ということを紹介したい。番組でかける曲が選択肢のひとつになればいいなと思います」
-米国では政治や社会に対するメッセージを強く込めた曲がヒットしています。日本の大衆音楽を物足りなく思いませんか
「日本では家庭や職場、学校で政治や社会について語り合う文化が根付いてませんよね。そこで政治的スタンスを強く打ち出して、メッセージを込めまくる曲が好まれますか? 好まれないからヒットしないし、アーティストも歌わない。いい悪いの問題じゃなく、音楽の質の問題でもない。日本の短歌や俳句、中国の漢詩にはアルファベットの文化圏にない、豊かな言語表現があって、J-POPの歌詞にも息づいてます。それが日本の文化なので政治的、社会的でないから悪いとか、物足りないとは思いません」
-欧州の価値観で日本人を啓発しようという考えはありますか
「まったくないです。欧州がすべてにおいて素晴らしいとは考えてません。ただ、島国の日本には世界の動きが伝わりにくくて、伝統的な考え方に縛られているとしたら、違う視点、考え方があることを知ってほしいとは思っています。私生活で子供に接する時も番組で音楽をかける時も、たくさんの選択肢を提示したい。3つから選ぶより10個から選ぶ方が、より良い選択ができます。その中から自分が本当に好きなものを選んでほしいですね」
◆サッシャ(さっしゃ=Sascha)1976年、ドイツ人の父と日本人の母のもと、独・フランクフルトで生まれる。10歳で来日し、大学を卒業。01年にJ-WAVEでラジオDJデビュー。音楽に関する豊富な知識や日独両国にルーツを持つ個性を生かして、ナレーター、声優、スポーツ実況も手がける。現在は、17年スタートの「STEP ONE」で月~木曜(午前9時~)のナビゲーターを務めている。
<TBS20年ぶり陥落>
首都圏のラジオ聴取率は、統計調査会社のビデオリサーチ(本社・東京)が1990年(平2)に始めた。現在は年6回、12~69歳の男女5000人を対象に調査している。聴取率は番組制作や広告営業の目安として使われる。ラジオ局の編成、経営にとって重要な数値だ。
調査の期間は「スペシャル・ウイーク」と銘打ち、豪華なゲストやプレゼントを用意するなど、特別な態勢を組む局も多い。
J-WAVEが単独首位に立ったのは、6月の調査(同月14~20日)。前回4月の調査では、同局とTBSラジオ、ニッポン放送、TOKYO FMが0・7%の同率で首位に立つ大混戦だった。
6月はTBSラジオが0・7%(前回比±0)、ニッポン放送とTOKYO FMは0・6%(同0・1ポイントダウン)だったのに対し、J-WAVEは0・1ポイントアップの0・8%で、19年10カ月に及ぶTBSラジオの連続首位記録を止めた。文化放送は0・4%だった。
<1日の聴取率緩やかに推移「ながら聴き」しやすい編成>
J-WAVEは、調査週間に特別なプログラムは組んでいない。森田太・コンテンツプロデュース局長兼編成部長は「いつもの声、いつもの音楽でいつもの放送をするのが、局の方針だ」と話す。
近年は、放送をインターネットで配信するラジコのデータなどから、日々の聴取状況が確認できるようになったこともあり、「毎日が調査週間の気持ちで臨んでいる」という。
J-WAVEの編成は、長時間番組が多いのが特徴だ。9月の番組表を見ると、平日午前9時スタートの「STEP ONE」は4時間、午後1時からの「GOOD NEIGHBORS」は3時間。7時間で計2番組。この間TBSラジオは4番組、TOKYO FMは5番組を放送している。
今はラジコのタイムフリー機能を使えば、朝の番組を夜中に聴くことも可能だが、長時間番組を別の時間帯にすべて聴き直すことは難しいようで、配信ではなく放送を聴く「ライブ聴取」の割合が高いという。
森田局長は「著名な芸能人が出演する番組が少ないこともあって、(ある番組を目的にラジオをつける)『目的聴取』をされないのも特徴だ。人気番組が飛び抜けた数値を取るのではなく、1日の聴取率は緩やかに推移する。これが『ながら聴き』しやすい編成になっている」と分析する。
都会的、国際的な音楽、カルチャー、ライフスタイルを番組制作の中心に置く同局は、在京民放5局の中でも20、30代のシェアが高く、世代別で最もラジオを聴く人が多いとされる50代でも厚い支持を集めている。
森田局長は「価値観や個性が多様化し、J-WAVEの感性を受け入れる中高年が増えたということだと思う」と話している。