身近な場所でも起こりえる水難事故は、夏になると増加する傾向にある。命を守る手段の1つが「着衣泳法」だ。水に落ちても、浮いていれば助かる。一般には聞き慣れないが、青少年の健全育成を目指す「B&G財団」「YMCA」といった組織、セントラルスポーツなどのスイミングクラブ、市町村単位で、水上や水辺での安全、水難事故の防止などを目的に教室を開いている。特に10年ほど前からは安全意識の高まりとともに、実施率も高まり、啓蒙(けいもう)活動を行っている。
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服を着たまま不意に水に落ち、手足をバタバタさせる。「実はこれが最も危険で、体力を消耗して溺れやすいんです」。埼玉県白岡市「B&G海洋センター」で行われた着衣泳教室で、広報課の岡田聖一氏(54)はこう話してくれた。同時に対処法も教えてくれた。
「慌てず動かず、水に浮く」→「周囲の状況を確認」→「服や靴は脱がない」→「浮具を利用する」→「最も効果的なのは、ライフジャケット」→「落水者を発見したら絶対水に入らない。浮具を渡し、118番や119番に通報」が基本という。
岡田氏によると、落水事故の多くは岸から3メートル以内。近いはずがパニックを起こしたり、高い岸壁や滑りやすいスロープで陸に上がれなくなる。そこで、まずは浮くこと。落水しても、服にたまった空気がコブのように膨らみ、浮力となる。発泡樹脂を使っている最近の靴は、はだしより浮きやすい。逆に、服や靴を脱ぐと浮力がなくなるし、肌を水にさらすことで体温も低下して危険だという。
顔は上に向けた方が、常に呼吸と視界を確保できるというメリットもある。発見されやすい。体の力を抜いて頭を耳まで水につけ、布団に寝転ぶように手足を軽く広げて伸ばす。この「背浮き」の習得を勧める。
身近に水に浮く道具もいろいろある。ペットボトル、クーラーボックス、アクリルケース、ゴムボールやビーチボールなどだ。胸の前で持ったままの「ラッコ浮き」に利用するという。
これを踏まえた上で、岸に近く泳いで戻れそうな場合には、複雑な動きがなく体力の消耗が少ない「イカ泳ぎ」こと、「エレメンタリーバックストローク」がいいという。「背浮き」となり、手足を左右対称に平泳ぎのように動かして水をかく。浮具を抱えていれば、足だけでもいい。ズボンがぬれて足を動かしにくければ、手だけでもいい。ライフジャケットを着ていれば、さらに効果は増す。この考え方は、どの着衣泳法の教室でも大差はない。
実際に教室を受講していた厚地夏歩さん(6)と篠崎実穂さん(5)は、「意外に簡単だった」と声をそろえた。2人を見ていた実穂さんの母智美さん(33)は、「身をもって体験し、命を救う手段だと思ってくれればいい」と話した。
日本では小さい頃から子供をスイミングクラブに通わせたり、授業で水泳を習うため、基礎泳力は高い。それでも、15年ほど前までは泳法を重視したり、「プールが汚れる」といった理由から、着衣泳法はなかなか広まらなかった。
一方、水難事故のニュースは常に流れている。B&Gの場合、全国465カ所の海洋センター、274カ所の海洋クラブなどで水辺の安全教育を進めてきた。多くのスポーツに関係する団体や、自治体などでも着衣泳法は20~30年ほど前から啓発されている。
小さい子供を対象とする場合は紙芝居や寸劇を取り入れるなど、考えさせる工夫も凝らす。何よりも意識付けしたいのは、「大切な命は自分で守る」ことと、「大事な人を悲しませない」ことだ。【赤塚辰浩】
◆YMCAでは6月の第3日曜を「ウオーター・セーフティー・デー」として、1981年(昭56)から水の事故から命を守る活動を行っている。着衣泳法だけでなく、心肺蘇生法、人工呼吸などの応急措置教室もある。
全国YMCAアクアティック事業部が監修した「Water Safetyハンドブック2022」(https://tokyo.ymca.or.jp/wellness/watersafety.html)では、海や川、プールでの危険行為について考えさせる場面もある。「足のつかないところで遊ぶ」「(海で)沖に向かって泳ぐ」「河口、大きな岩や消波ブロックのそばで遊ぶ」「子どもだけでボートに乗る」「川沿いの草がおいしげっているところで遊ぶ」「台の下にもぐって遊ぶ」など、それがどうして危ないのか問いかける。
特に海は、岸から沖に向かって流れる「離岸流」、岸に寄せた波が海底の傾斜に沿って戻る「逆潜流」や、海水面が急に昇降する現象がある。事前に理解しておけば、危険は避けられる。
◆YMCAのハンドブックのほか、水上安全に関してはいろいろなサイトがある。B&G財団と日本赤十字社、水難学会など海事6団体が連携して、昨年まとめた「水辺の安全学習アプリ」(https://mizube-anzen.jp/)、海上保安庁の「海の安全ドリル」、国土交通省と河川財団の「川の安全ドリル」などだ。
団体によって多少手法は異なるが、自然条件は絶えず違う。「これが絶対に正解」というわけではない。ただ、「命を救う」という目的では一致している。
◆日本海難防止協会と海上保安協会、海上保安庁主催、総務省やスポーツ庁などの関係省庁と海難審判所などが後援する、本年度の「海の事故ゼロキャンペーン」が7月16日から31日まで実施される。船舶を運航する側をはじめ、マリンレジャー愛好者、広く国民に海難防止の普及などを図るのが狙い。船舶事故の防止、見張りの徹底や汽笛の活用、ライフジャケットの常時着用、防水パック入り携帯電話等の連絡手段、緊急通報「118番」の活用などの周知、徹底を呼び掛ける。