今年は7月3日から3種類の新しいお札が発行されます
。1万円札の肖像は「近代日本経済の父」などと呼ばれる実業家・渋沢栄一、5000円札は女性の地位向上と女子教育に尽力した教育家・津田梅子、1000円札は破傷風の治療法を確立した細菌学者・北里柴三郎。最先端の偽造防止技術がお札では世界で初めて採用されることなどでも話題です。お札のデザイン変更は実に04年以来、20年ぶり(今のお札もそのまま使えます)。これから長く付き合っていくことになる新しいお札や、知っているようで知らないお札の世界について、予習しておきませんか。
◇ ◇ ◇
【改刷】 日本のお札は、独立行政法人国立印刷局が製造し、日本銀行が発行します。お札のデザインを刷新することを「改刷」といいます。財務省、日銀は19年に今回の3種の改刷を発表しました。背景について「現行券の発行開始から相応の期間が経過し、この間の印刷技術の進歩などを踏まえ、偽造抵抗力を確保していく必要があると考えた」などと説明しています。
【デザイン】 新しいお札には世界最高最新の偽造防止技術やユニバーサルデザインとしてより使いやすいアイデアが凝縮されています。お札の“顔”となる肖像は主に次の条件で選ばれています。▼国民が世界に誇れる人物で、教科書掲載などよく知られている▼偽造防止の目的から精密な人物像の写真や絵画が入手できる。
偽造防止では、従来の技術に加え、2つの最新技術が採用されました。高精細すき入れは、現行のすき入れに加え、肖像の周囲に緻密な画線で構成した連続模様を施したもの。1万円札と5000円札には、ストライプ型の3Dホログラムを採用。肖像が3Dで表現され角度によって回転します。この技術のお札への採用は世界初だそうです。1000円札にも初めて、パッチ型の3Dホログラムが採用されました。
ほかにも以下のような従来の技術が継承されています(例1万円札)。▼深凹版印刷=額面や日本銀行券という文字には特にインキを高く盛り上げる技術が使われ、触るとざらざらした感じ▼潜像模様=お札を傾けると、表面には額面数字の「10000」など、裏面には「NIPPON」の文字が見える▼パールインキ=お札を傾けると、左右両端にピンク色の光沢が見える▼マイクロ文字=「NIPPONGINKO」の微小文字が印刷され、カラーコピー機などでは再現が困難▼識別マーク=目の不自由な方が指で触って識別できるよう深凹版印刷で表面の左右中央にざらつきを作っている▼すき入れバーパターン=用紙に棒状のすき入れを施し透かして見ると3本の縦棒が見える▼特殊発光インキ=紫外線を当てると表面の印章や表裏の図柄の一部が発光。また現在のお札から識別マークの形状や配置、額面数字の大型化なども変更されています。
【製作】 国立印刷局は、原図や原版の作製、製紙、インキ作り、印刷までの工程を一貫して担当しています。デザイン案、原図などを描くのは、高度な技術や経験、芸術的センスをもった工芸官という専門職員。一番細い面相筆(毛先が約7ミリ程度)、色鉛筆や絵の具を使っています。原図の次のコンテ画は実際の紙幣の4倍の大きさで、紙幣としてふさわしいデザインを描いていきます。「どうしたら原版の凹版を彫る時にイメージ通りの表現になるか、影、表情などを線や点の長さや密度などを考えながら描く。原版も同じ工芸官が彫るので、彫ってみてよくなければ修正していきます」(国立印刷局)。現在のお札からの主体色(1万円=褐色、5000円=紫色、1000円=青色)を変えず同じ配色にすることにも留意し、コストも考慮しているそうです。原版はビュランという彫刻刀を使い、金属板に極細密な線や点を彫ってつくります。
用紙は、みつまたやアバカ(マニラ麻)などから作っています。製紙工程では偽造防止のため、すき入れを付与しています。インキも独自に製造しており、新しいお札では表裏合わせて約20色を使っています。印刷は独自開発した印刷機を使い、裏面、表面の順に印刷。ホログラムを貼り付け、記番号と印章を印刷したのち、断裁し、機械で1枚ずつ検査して梱包します。ホログラム貼付機の一部は今回、新しい機械を導入したという。ホログラムは製造しておらず、外部に発注しています。
【流通】 国立印刷局は新しいお札を22年6月から量産を開始しており、日銀によると、発行開始前の23年度末までに3種で計45・3億枚を備蓄する見込みです。内訳は1万円札=24・8億枚、5000円札=2・6億枚、1000円札17・9億枚。
お札は、金融機関が日銀に保有する当座預金を引き出し、それが人々や企業に渡っていくことで社会に流通していきます。また金融機関は当面必要としないお札を日銀に持ち込み、当座預金に預け入れます。日銀は戻ってきたお札について偽造や変造がないかを厳重にチェックし、損傷や汚れの度合いから再度の流通に適するかも判別。本物で再流通に適していると判断されたお札は再び金融機関に支払われていき、流通に適さないと判断されたお札は裁断されます。
このようにお札は循環しますが、今年7月3日に3種のお札が一気に新しくなるわけではありません。日銀は「発行開始後の金融機関への支払高が新券の備蓄高を上回る見通しなどを踏まえ、当分の間は、新券とともに現行券の払い出しを行うことを想定しています」「当分の間は、再流通可能な現行券を裁断・廃棄する予定はありません」と説明します。新しいお札発行後も、今のお札もそのまま使えるので、注意が必要です。日銀は「“現行の日本銀行券が使えなくなる”などとかたった詐欺行為(振り込め詐欺など)にご注意ください」と呼び掛けています。【久保勇人】
○…最も身近な3種のお札で20年ぶりに新しいデザインが登場することで、ATM、券売機など金銭機器の対応が気になります。日銀は昨年12月に「金融機関の金銭機器の改修は計画的に進捗(しんちょく)しており、24年6月末までに対応がほぼ完了する見通しとの話」と説明。さらに金銭機器の業界団体からの話として「台数の多い自動販売機については未対応のものが残存するものの、セルフレジや券売機などについては発行開始に向けて計画的に改修作業が進められている」との見通しも紹介しています。
○…国立印刷局は、新しいお札を国民に広く分かりやすく知ってもらうよう、新日本銀行券サイトの立ち上げ、PR用リーフレットやポスターの配布、G7国際会議への出展など広報活動に力を入れています。工場見学では、発行前の新しいお札の製造風景を廊下から見学することもできるそう。こうした取り組みは来年度以降も継続実施していく予定。
【お札 マメ知識】
▼正式名称 お札は、正式には「日本銀行券」といいます。日本銀行が発行するお札は明治期以来(非常時除く)、国立印刷局が用紙から印刷まで一貫してつくっています。
▼歴史 日銀の第1号のお札は1885年(明18)発行の「日本銀行兌換(だかん)銀券」(絵柄は大黒天)。以来、現行までで53種類を発行しています。1891年(明24)には日本で一番大きなお札(130×210ミリ)の改造100円券。1948年(昭23)には最も小さなお札(48×94ミリ)のA5銭券。1958年(昭33)に最初のC1万円券(聖徳太子)。2004年(平16)に現行のE1万円券(福沢諭吉)が、発行されました。発行順を表すため、お札をABCDEの記号で区別しています。現行のお札は戦後5番目の発行という意味で「E券」、新しいお札は「F券」と呼ばれます。
▼肖像 これまでに計17人が登場。最も多いのは聖徳太子で7種に採用されています。肖像は基本的に右側にデザインされています。
▼動物 ネズミ、ハト、イノシシ、ライオン、馬、鶴(タンチョウ)、鶏、キジの8種類が登場。想像上の動物の鳳凰(ほうおう)も何度も登場しています。
▼記番号 お札の表面の左上と右下にあるアルファベット(記号)と数字(番号)の組み合わせは「記番号」です。同じ種類のお札には、全て違う記番号が印刷されています。記番号は以下を使用しています。▽記号=アルファベット26文字のうち、数字の「1」と「0」に間違えやすい「I(アイ)」と「O(オー)」を除いた24文字▽数字=000001から900000まで。現行までは全部で129・6億通りで、すべての記番号を使い終わると、インキの色を変えて再び最初からスタートでした。新しいお札は記号が1ケタ増やされたため、2985・984億通りになるそうです。
▼印章 表は日銀総裁の印章で「総裁之印」と書かれています。裏は日銀でお札の発行、回収などを担当する発券局長の印章で「発券局長」と書かれています。
▼製造量 日銀から国立印刷局への23年度の発注枚数は計30・3億枚(1万円券18・8億枚、5000円券1・9億枚、1000円券9・6億枚)です。お札の厚さは約0・1ミリなので、30億枚を積み重ねると富士山の高さの約80倍です。
▼寿命 1万円札の平均寿命は4~5年程度、5000円札と1000円札は使用頻度が高く傷みやすいため1~2年程度とされます。社会で流通したお札は、金融機関などを通じて再び日銀に戻り、真偽や汚損の度合いなどをチェック。流通に適さないと判断されたものは細かく裁断され、住宅用の建材や固形燃料、トイレットペーパーなどにリサイクルされたり、焼却処分されているそうです。