軽妙なエッセーやテレビのバラエティー番組でも人気を集めた作家の嵐山光三郎(あらしやま・こうざぶろう、本名祐乗坊英昭=ゆうじょうぼう・ひであき)さんが14日午後6時、肺炎のため死去したことが28日、分かった。83歳。浜松市出身。葬儀は近親者で行った。

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高校2年の時、卒業生代表の1人として講演を聴いたことがあった。最近ではアスレチックスとマイナー契約を結んだ森井翔太郎選手で話題になった桐朋高校。言いづらいが、なかなかの受験校である。

バリバリの卒業生に交じって、嵐山先輩は「落ちこぼれ代表として来た」と切り出した。雑誌編集者の仕事を「好きでやっているから遊びと仕事の境目がない」とも。どんなエリートより、うらやましく思えた。

60歳を過ぎてからはあえて都心寄りの神楽坂に移り住んだ。13年前のインタビューでは「年取ったら都会のマンションに住んで、1階にコンビニがある暮らしがいい。西行や芭蕉には田舎志向のイメージがあるけど、西行は結局京都の周辺にいたし、芭蕉も突き詰めれば都会を目指して旅した」と話した。仲間との句会を続け、文芸史への洞察をそのまま行動につなげた。

「年を取ると『第2の人生』とか張り切る人もいるけど、素直に下り坂を受け入れて楽しんだ方がいい。文化勲章をもらっても遊び続けた永井荷風みたいな人もいるんだから」

生きづらい世の中で「脱力」の効用を説き続けた貴重な存在だった。【相原斎】