選挙の戦い方が変わりつつあるのだろうか。4月12日に投開票された東京・練馬区長選で、自民党、維新の東京組織、小池百合子知事を支える都民ファーストの会、国民民主党の4党が推薦する組織をバックに戦った小池知事の側近、尾島紘平元都議(37)が、「完全無所属」を打ち出し、共産党や社民党などが自主的に支援した幼稚園理事長の吉田健一氏(59)に敗れる「番狂わせ」(関係者)が起きた。尾島氏は、開票率75%時点で選管が発表した最初の中間発表で1万票の差をつけられ、「難しい状況」だとして、早々と敗北を認めた。
練馬区内の会場に集まっていた支援者もぼうぜんとし、言葉を失う重苦しい空気の中、尾島氏は「ひとえに私の力不足です」と繰り返した。1人1人に頭を下げて回り、報道陣の取材にも質問が尽きるまで応じた。周囲には「出直します」と述べ、会場を後にした。
今回の区長選は、結果だけでなく、推薦した自民党が尾島氏を当選に押し上げられるかという観点からも注目を集めた。なにせ、練馬を含む東京では、2月の衆院選で30の小選挙区を全勝した「実績」がある。ただ、その2週間前に行われた東京・清瀬市長選では、再選を目指した自民など推薦の現職が、共産系の新人に敗れる波乱があった。高市早苗首相も応援に入った3月の石川県知事選でも自民は敗れたが、練馬区長選の告示前に取材した自民関係者は「(今回は)取りこぼしはないでしょう」と話していた。しかし、取りこぼしは現実になり、「練馬ショック」と呼ばれる事態になってしまった。
衆院選での東京30選挙区全制覇は、あくまで高市早苗首相の「高市旋風」のたまもので、自民党そのものに「自力」がついているかどうかには、疑問符が付きかねない形にもなった。
今回の区長選をめぐっては、自民党は独自の候補を擁立できず、尾島氏と政策協定を結んだ上で推薦に至った経緯もある。関係者によると、自民党内では尾島氏の推薦に慎重な声もあったという。尾島氏はもともと自民党で練馬区議として政治家の歩みを始めた。「政治の師」でもある小池知事が2016年、自民党側の支持を得られず事実上「決別」する形で都知事選に挑んだ際、小池氏支援を表明し、自民から離党勧告を受けて最終的に除名処分となった、「7人のサムライ区議」の1人でもある。
実際、告示前に開かれた自民党地元支部の総決起集会では、尾島氏への支援に関し「もしかしたら、さまざまな思いがある方もいらっしゃるかもしれない」と幹部が言及する場面もあった。それでも、今期限りで引退する現職から後継指名を受けた人物。「練馬区をさらに発展させ政策を前に進めるため人格、経験、実績、人脈を勘案すると尾島さんしかいない」と、全面支援で結束を誓った。
一方で、「組織戦の上滑り」を敗因の1つに挙げる声もある。告示日の街頭演説は、自民党などの応援弁士が次々にマイクを握り、候補者本人のあいさつまでに1時間以上かかった。小池氏の側近として東京都政では名の知れた尾島氏だが、幅広い知名度という観点では「まだまだ無名」(関係者)の存在。自民党がリードする形になった「組織」というみこしに担がれる形で初めての区長選に臨んだが、前回区長選で現職に約2000票差まで迫り、この4年、地道に準備を進めてきた吉田氏に3万票以上の差をつけられた。「自力不足」とみる向きもある。「組織の規模」がフル稼働しても勝てない選挙はあるが、それが今回突きつけられた形となった。
尾島氏も敗戦の弁で、「首長選挙ですからみこしに徹する覚悟も必要だったが、最終的には自分の自力が出る選挙だった」と述べ、「私自身の責任。担いでいただいたみなさんには、最大限のパワーを発揮していただいた」と繰り返した。
今の国政は、なんだかんだありながらも支持率が高止まりしたままの高市内閣と多弱野党、という構図だ。ただ地方の選挙や首長選挙では、必ずしも国政の構図とリンクしないことは以前からあった。特に無党派層が多い東京では、岸田政権下の2023年にも、自民は立川や青梅の市長選や都議補選など東京の選挙で3連敗。石破政権でも東京都議選で惨敗し、衆参の選挙と合わせて3連敗を喫したが、いずれも支持が伸び悩んでいた時期。現在のように高支持率の高市政権下で石川県知事選以降、清瀬、練馬と、自民がかかわる注目の地方選で3連敗したことについて、「たまたま」の出来事と片づけるような関係者はいなかった。
練馬区長選と同じ日に行われた東京・多摩市議補選では、自民推薦候補が4人中3位で当選したとはいえ、今年6月以降、東京では中野区や杉並区の区長選など注目の首長選挙が続く。来年春には統一地方選という大きな選挙も待ち受ける、ある関係者は「地方選で自民の負けが込むと、高市政権もじわじわ体力を奪われることになりかねない」と、危機感を示した。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)


