「勝ち方がわからないんですよ、小倉の。高田先輩とか、森(一)君とか、関西のジョッキーはみんな勝ち方を知っている。難しいですね。だけど、最後は絶対に内。絶対に内です」。石神騎手は何度も自分に言い聞かせるように言っていた。歴史的名馬オジュウチョウサンの主戦騎手として、大舞台で勝ちまくる関東の名手が小倉だけは苦手意識を持っていた。今年1月、小倉で初勝利を挙げると、「初めて小倉でうまく乗れたと思います」とホッとした表情を浮かべていた。最後は絶対に内。向正面で懸命に馬を追いながら、本人は冷静だったに違いない。最終コーナーをタイトにまわった分、ゴール前でアサクサゲンキはもうひと伸びしたように見えた。鮮やかな手綱さばき、見事な全場重賞制覇&障害重賞全10競走完全制覇だった。

関東の騎手が小倉サマージャンプを勝ったのは10年の五十嵐騎手以来12年ぶり(関西馬ランヘランバとのコンビで勝利を挙げている)。夏の小倉はなかなか関東馬が遠征しないため、関東所属の騎手が小倉サマージャンプを勝つのは簡単ではない。「関西の厩舎からも騎乗依頼をもらえるように頑張りたい」。そんな前向きな姿勢も大記録に結び付いたと思う。

京都ハイジャンプで関西馬タガノエスプレッソに乗ることが決まると、「結果にこだわりたい」と意気込んだ。オジュウチョウサンの連勝を止めた(20年京都ジャンプS)実績を持つライバル陣営からの騎乗依頼。1年半、勝利から遠ざかっていた実力馬の能力を存分に引き出した。先日、引退が発表されると、「種牡馬になることができて良かったですし、それだけの馬に少しでも携わることができて良かったです。オジュウに勝ったときは本当に強い馬だと思いました」とたたえた。18年の暮れ、オジュウチョウサンが平地の有馬記念に挑んだときも自身は関西馬ニホンピロバロンにテン乗りで中山大障害を制している。

アサクサゲンキは主戦の熊沢騎手が落馬負傷で戦列を離れているため、石神騎手に白羽の矢が立った。新潟ジャンプSと小倉サマージャンプの2戦でコンビを組むことが決まった。「音無先生に『頼むぞ』と言ってもらいました。チャンスの大きな馬で挑めますし、(全場制覇を)決めたいですね」。デビュー前から一緒に障害練習をしてきた馬で勝つことも騎手の醍醐味(だいごみ)だが、腕を買われ、有力馬の手綱を任されることも騎手冥利(みょうり)に尽きる仕事に違いない。

今週から競馬学校に在学する騎手候補生の長男、深道(ふかみち)君が美浦トレセンで研修を始めている。受け入れているのはオジュウチョウサンを管理する和田正厩舎。水曜朝は馬場に向かう姿をオジュウチョウサンの長沼厩務員とともに見守った。「追い切りで併せ馬? それはまだまだ先の話ですね」。今春には第4子が誕生した。父親の顔も少しだけ見せながら、厳しい勝負の世界を生きている。「今年はリーディングを奪い返したいです」。障害全場重賞制覇(中京を含め7場)&障害重賞全10競走完全制覇という偉業を成し遂げ、重賞勝利数も記録を更新し続ける。さらに深みを増していく石神騎手の手綱さばきにこれからも注目していきたい。【木南友輔】