日本時間2月25日深夜に行われた世界最高賞金レース、サウジC(G1、ダート1800メートル)を希代の“個性派”パンサラッサ(牡6、矢作)が制した。1着賞金13億円を獲得する大仕事の裏には、父の背を追い、馬ひとすじに生きてきた池田康宏厩務員(64)の存在があった。

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パンサラッサの池田厩務員は、74年に16歳で栗東トレセンに入った。松永善晴厩舎から、05年の開業とともに矢作厩舎へ。49年間、馬とともに歩んできた。父・康雄さん(享年55)の背中を追いかけ競馬の世界へ。「僕の初勝利はショウテンザン。ジョッキーは南井克巳さん。時代を感じるでしょ」。父は渡辺栄厩舎(引退)の元厩務員。時は流れ、いつの間にか父より年上になり、今年、定年を迎える。

大阪生まれで兵庫県宝塚市育ち。「おやじは阪神で厩務員になった。昔は中京、阪神、京都と分かれていた。69年、栗東トレセンができて集結した。小学5年の時です。栗東に引っ越しました」。友達と離れるのは悲しかったというが、それからは父の背中を見続けた。レースに勝つと、母親は大喜びで「今日はすき焼き」とごちそうをふるまったという。「めったに入らないマツタケなんか入ったりしてね。昔はそんなんですよ。ええ世界やなあ…と(笑い)」。

父は55歳で他界した。母は元厩務員の妻。競馬に理解も造詣も深い。19年、池田厩務員は初めて天皇賞・秋に担当馬ドレッドノータスを出走させた(16着)。母は戦前「うそばっかり。あんたの馬が天皇賞なんかに出るわけないやないの」と信じてくれなかったという。

競馬一家で育ち、念願のG1制覇を昨年のドバイターフで成し遂げた(1着同着)。確定を待つ間、過去に写真判定で敗れた苦い記憶がよみがえった。「また写真で負けるのか。俺は一生、G1は勝たれへんのか思った」。日本に戻ってきて、記者の顔を見ると、開口一番そう言った。のちに、神妙な顔つきで「見たこともない金額が振り込まれていた」と、もらした。そんなこと言わなくてもいいのに…。正直な人なんだなと感じた。

愛馬パンサラッサは、今度はサウジCで歴史的な勝利。1着賞金は13億円。池田厩務員の取り分は? いくらでもいいじゃん。その振り込み以上に、亡き父の墓前への報告を楽しみにしているはずだ。【中央競馬担当=網孝広】