JRAから15日に引退が発表された現役最年長ジョッキーの柴田善臣騎手(60)が16日、引退会見を美浦トレセンで行った。
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(冒頭あいさつ)
柴田善騎手 皆さんおはようございます。私のためにこんな記者会見まで開いていただいてありがとうございます。本当は開きたくなかったんですけど、あまりこういうの得意じゃないんで(苦笑い)。でも、いろいろお世話になった方々にこの場でお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
もう少し続けたい気持ちはあったんですけど、少しけが多く、きつくなってきたんで、こういう決断になりました。これからはJRAのアドバイザーということで、また皆さまと顔を合わせることがあると思うので、朝、普通にスタンドでコーヒーを飲んだりしていますんで、声をかけていただければありがたいと思います。また、よろしくお願いします。ありがとうございました。
-引退を決断した一番の決め手、タイミング、また誰に最初に伝えたか
柴田善騎手 結局は最後の騎乗の1個前だったと思うんですけど、なんか変な感じだなと思って。それで最後の騎乗で「もういったな」という感じで思っていました。その前にも、移動とかあって、昔から痛かった股関節なんかもあって走れない。早歩きもできないような状態で我慢していたんで、そういうのが決め手かなと思います。
リハビリも、左肩を手術したときに9カ月かかっているんで、今回また右肩、利き腕が使えないというのは、かなりのリスクがあると。それ以上かかるなという気持ちもありましたし、それに騎乗に向けたトレーニングを積んだ中で、違う部分で痛んでいるところがまたひどくなったりして、また余計にひどくなったなという気持ちもありましたので、もう早めに。ここらへんでダラダラするよりは、と思って、このタイミングで決めました。
そういう姿を家族は見ているので、きついというのは分かってはいたけど何も言わずにサポートしてくれたので。一番最初に辞めることにするわと言ったのは家族で、1カ月ほど前に伝えました。
-家族に引退を告げた時の反応は
柴田善騎手 いつかは辞めるんだなというような感じでしたよ。でも、言葉言葉に「無事に終えて(よかった)」という感じがしました。自分の子ども、家族なんかも「何もなく引退できてよかった」とは言ってくれました。
-騎手人生の中で一番思い出に残っているレースや出来事は
柴田善騎手 若い時に乗った、僕の先輩である南田美知雄(元)調教師が騎手だった時にホクトヘリオスという馬に乗っていて、その馬を調教から任されてレースで乗ったことが、すごく印象に残っていますね。いろんな馬が印象に残っていますけど、ホクトヘリオスがレースの流れとかを教えてくれたのかな、と自分で思うので。その時は本当に特徴的な、すごく大胆なレースをする馬で。「黙って背中に乗れ」という感じで、馬が動かなかったんでね。それからですね、馬を本当に信用して、今どういう状態なのか、どう走りたいのか、今後どこで走れるのか、どの感触で馬がこっちに出てきてくれるのかを考えさせられた馬でしたし、レースでした。

