それはまさに青天のへきれきだった。
いまから5年前、2015年10月5日。僕はオートバイで知多半島を走っていた。雑誌の取材を兼ねた旅行でその日は日間賀島と篠島をめぐる予定だった。半島の先端にある師崎のフェリーのりばにオートバイを預け、船に乗った。
2つ目の離島、篠島を歩いていると胸が苦しくなってきた。かなり急ぎ足でめぐっていたからその疲れが出たのだろう、そう思いベンチに座ってしばらく体を休めた。30分くらいすると落ち着いてきたので船で師崎へ戻り、予約していたゲストハウスへ向かった。
その後は体調も良く、ゲストハウスを営む若夫婦と夜遅くまでおしゃべりを楽しんだ。気持ちのいい朝を迎え、出発の準備をしていると、再び胸が苦しくなってきた。昨日も大したことがなかったんだ、少し休めば大丈夫と自分に言い聞かせ、宿を出た。
オートバイを走らせながら近郊の港などを撮影するが気力が長く続かない、しばらくベンチで休んでみるが、1時間を過ぎても、一向に回復しない。どうしたんだろう?こんなことは初めてだ。
その時、1か月前の言葉を思い出した。それは某イベント会場で、守護霊が見えるという女性に妻と一緒に見てもらった時に、その女性が僕に「心臓の病気に気を付けて」と告げたのだ。これまで心臓病の経験がないので、気に留めていなかったが、その言葉が突然浮かび上がってきた。「もしかして?心臓の病気かも!?」
不安になった僕は宿へ戻り、宿主に相談。心配をしてくれた宿主がありがたいことに車で病院まで送ってくれた。すぐに血液検査が行われ、心筋梗塞の疑いがあるので手術のできる大病院へ移動するというではないか。「えっ?心筋梗塞?」「手術?」「そんなにヤバいの?」生まれて初めて救急車、そのまま愛知県の半田病院へと搬送された。
カテーテル手術で運よく一命を取り留めた。もし1か月前のあの言葉がなかったら、これまで大病も大けがもなく、体力にも自信があった僕は無理をおしてオートバイで走っていたかもしれない。それ考えると背筋が凍った。
1週間の入院の後、神奈川の自宅へ帰宅。それからは塩分の高い食事を避け、適度な運動をするように心がけた。それまで散歩などしたことがなかったが、歩いて近くの公園へ行くようにした。散歩をしているときれいな花を見つけたり、公園の池に景色がきれいに映っていたり、新しい発見がたくさんあった。
それと同時に公園を歩いている年配者がたくさんいることを知った。みんななぜかうつむきながら同じペースで淡々と歩いている。何か目的か?それとも健康を維持のためか、それとも趣味なのか?理由はわからないが、無感情で手足を動かしている姿はまるでロボットのようだった。
そんな姿を見ながら、もちろん僕も健康で長生きはしたいけど、健康のために歩くのはいやだと思った。もし自分が歩くとしたら、楽しく笑いながら前を向いて歩きたい。僕が健康でいたいのは長生きのためじゃなく、人生をいっぱい楽しむためだから。どうせ体を動かすなら、何かの目標や夢のために体を動かしたいではないか。いままでもそんな風に生きてきたし、それはこれからも変わらない。
オートバイもいいけど、これからはもっと、体を動かす旅をしてみたい。運動ができて、さらに旅ができたら理想的じゃないか。たとえば歩き旅とか?自転車もいいなぁ。いや、まてよ。電動アシスト自転車の旅なんて面白そうじゃない?まさに21世紀の旅という感じだし、やった人も少ないはず。日本一周とかできるのかな?僕の夢はどんどん膨らんでいった。
ステントを心臓に入れたが、幸運なことに心臓のダメージは少なかったので、ドクターから旅にゴーサインをもらえた。後は実行あるのみ。どちらにしても、心筋梗塞がE-Bike旅をはじめるひとつのきっかけになったことは間違いないのである。【藤原かんいち】






