「何が起きているの?」「クレイジーだ」「世も末」「こんなこと生れて初めて」…。13日にドナルド・トランプ大統領が国家非常事態を宣言して以降、この24時間の間に聞こえてきた言葉です。これらの言葉が象徴するように、非常事態宣言を受けたアメリカ全土が、大パニックに陥ったのです。トム・ハンクス夫妻の感染、プロバスケットボールリーグ(NBA)ユタ・ジャズの選手の感染が発覚してシーズン中止が決まるなど衝撃的なニュースが相次いだ直後の非常事態宣言は、多くの人に危機感を植え付けるには充分すぎたようで、大型量販店やスーパー、ドラッグストアーに人が殺到し、棚に並んでいた全ての物が買い占められるというまさに非常事態が起きています。

一つだけ残っている清掃用洗剤の下には「おひとり様3つまで」の張り紙が
一つだけ残っている清掃用洗剤の下には「おひとり様3つまで」の張り紙が
大量のダンボール箱と共に到着したばかりのペーパータオルが次々と並べられていきます
大量のダンボール箱と共に到着したばかりのペーパータオルが次々と並べられていきます

大げさな話ではなく、本当にトイレットペーパーや水はもちろん、肉や卵、野菜や果物、牛乳など生鮮食品からパスタや缶詰、パン類、冷凍食品、ハムなどの加工品、パンケーキ粉やジャム、洗剤にティッシュペーパー…これら全てがあっと言う間に陳列棚から消えました。今が2020年であることを忘れてしまうくらいの衝撃で、ハルマゲドンが来るのではないかと思ってしまうくらい、物が何もないアメリカのスーパーマーケットを生まれて初めてみました。

 アメリカでの感染者が急増したここ2週間ほどは、テレビでは新型コロナウィルス関連のニュースが毎日トップで伝えられ、カリフォルニア州やロサンゼルス郡が非常事態宣言を出したこともあり、ハンドサニタイザーや手洗い用せっけん、トイレットペーパーなどが入手困難になる事態を目のあたりにしてパニックになっているのだと思っていましたが、この24時間で「本当のパニックとはこういうことなんだ!」と思い知らされることとなりました。

まだ商品が残っている店舗では必死に食品や日用品を探す人の姿が
まだ商品が残っている店舗では必死に食品や日用品を探す人の姿が
ものの見事に空になった精肉コーナーには、何一つ残っていません
ものの見事に空になった精肉コーナーには、何一つ残っていません

非常事態宣言の翌朝、一夜明けたロサンゼルスの現状をレポートするため、改めて良く利用する近所のスーパーマーケットを巡ってみました。普段はさほど混んでいない土曜日の午前9時、日本人の旅行客にも人気のスーパーマーケット「トレーダー・ジョーズ」の駐車場入り口には普段いない誘導係が2人いて、交通整理をしています。午前8時開店のはずの店の前には雨の中、カートを手にした数十人が並んでおり、入店制限をかけているようでした。混雑しているのでひとまず近くにある大型スーパーマーケットチェーン「ラルフス」に移動することにしました。ここでは駐車場が多少混雑してはいたもののすんなり車を停めることができ、中に入ってみると思ったほど混雑はしていませんでした。その理由は店内に入ってすぐに分かりました。陳列棚が空っぽで多くの商品がすでに売り切れ状態だったのです。残っているのはスナック菓子類やホットソース、炭酸飲料水、アルコール飲料、シャンプーやリンス、歯磨き粉などあまりコロナウィルスとは関係なさそうなものくらい。ここは早朝6時から深夜2時までオープンしている店舗なので、すでに多くの人が訪れて買い物を済ませているか、物がないと判断して別の店に移動しているのでしょう。昨日から多くの人が食べ物や日用品を求めてスーパーマーケットをはしごしていると聞いていたので納得です。

牛乳など乳製品もほぼ完売状態で途方に暮れる人たちも
牛乳など乳製品もほぼ完売状態で途方に暮れる人たちも
東日本大震災はアメリカにいて経験していない筆者にとってこれほどまでに物がないスーパーは衝撃的でした
東日本大震災はアメリカにいて経験していない筆者にとってこれほどまでに物がないスーパーは衝撃的でした

それでも店内には普段の混雑時と同じくらいの人はいます。空になった棚を呆然と見つめる人、大型カートに必死に残っている缶詰や冷凍食品をかき集めて入れている人、残り数本になった牛乳を見つめながら「明日には普通に入荷するのか?」と店員に尋ねる人、「トランプのせいで大変なことになっている」と携帯電話で大騒ぎしながら買い物をする人、「What the hell(なんてこった)」と叫ぶ人、子供を連れて必死に食べ物を探す人…。これがここで今朝見た光景です。通路には商品が入っていたであろう空のダンボール箱が山積みのままで、あちらこちらで必死に商品を補充する店員の姿があります。ほとんどの人が落ち着いて買い物をしていましたが、「○○はないの?」「いつ入荷するの?」と言った会話が聞こえます。店員も顔見知りと思われる客と「昨日からずっとこの調子だ。クレイジーすぎる」と話すなど、誰もがこの状況にショックを受けているのが分かります。わずか2日前に同じ店で買い物した時はまだ普通に買えたトイレットペーパーも水も跡形もなく消えており、「水、トイレットペーパー、ペーパータオル、ティッシュ、清掃用洗剤、消毒液、石鹸は一人3つまで」と書かれた張り紙が貼られていました。ここに書かれた商品はすでに何一つ残っていないだけでなく、本当に驚いたのは肉コーナーが空になっていることでした。ステーキ肉やチキンのもも肉などだけでなく、ラム肉も豚肉もフェイク肉も全てありません。若干の魚は残っていましたが、ヨーグルトやチーズなど乳製品も残りわずかという状況。野菜や果物の一部はまだ残っていましたが、夕べは何一つ残っていなかったというのでこれも時間の問題で売り切れになることでしょう。そして何よりも驚いたのは、これまでほとんど見かけなかったマスク姿の人がちらほらいたことと、3分の1くらいの人が医療用ゴム手袋をはめて買い物をしていたことです。入口には自由に使えるアルコール消毒シートが置いてあり、手を拭いてから中に入ることができますが、どこにウィルスが付着しているか分からないから触りたくないということなのでしょう。

マスク姿で買い物する人もちらほら。医療用マスクを着用している人もいました
マスク姿で買い物する人もちらほら。医療用マスクを着用している人もいました
店内のあちらこちらで空になった棚に必死で補充する従業員の姿が
店内のあちらこちらで空になった棚に必死で補充する従業員の姿が

その後に訪れた別のスーパーもほとんど同じような状態でしたが、今回ドラッグストアーで消えていたものの一つが、タイレノールやアドビルなど解熱作用もある鎮痛薬や風邪薬、咳止めです。レジで一人で何箱も手に持っている人もいましたが、明らかに自己診断で薬を飲んで乗り切ろうという人たちが買い占めているものと想像されます。国民皆保険がないアメリカでは医療保険も高額のために保険に加入していない人が多いだけでなく、有給休暇を取れる環境にない労働者が多く、病欠すると給料が減って生活ができなくなるため具合が悪くても休まない人が多いことが理由と考えられます。これを目のあたりにした瞬間、いかに多くの人が風邪などの症状があってもこうした一般用医薬品を飲んでやり過ごしているのかを肌で感じ、アメリカでの感染者数が人口のおよそ半分の1億6000万人から2億1400万人になると米疾病対策センター(CDC)が予想した数字はあながち大げさではないだろうと背筋が凍り付きました。

最後に再びにトレーダー・ジョーズに行っていると、すでに行列はなくなっていたので中をのぞいてみると、入口で従業員が入店者一人一人にアルコール消毒シートを手渡して手を拭いてから中に入ってもらうシステムになっていました。ここではまだ肉や野菜類は陳列棚に通常の半分ほどは並んでいましたが、パスタや缶詰、牛乳はほぼ完売。店員の人に聞いてみると、開店時間の1時間以上前から行列ができていたと言い、商品を補充してもすぐになくなり、朝から何度も補充を繰り返していると話していました。従業員の半数以上がゴム手袋を着用していたのも印象的でした。自宅に戻った後も、アパートの住民と顔を合わせるたびに、「買い物に行ったか?」「○○では入店に4時間並んだ」「○○ではまだ物があった」と自然と情報交換する1日でした。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)