12日に行われたホームランダービーでは初戦敗退したものの翌日のオールスターゲームでは史上初めて投打の二刀流で出場し、勝ち投手となる大活躍を見せたロサンゼルス(LA)・エンゼルスの大谷翔平選手。その人気は今や地元LAだけにとどまらず、全米のファンを熱狂させるスーパースターとして連日メディアでも大々的に取り上げられています。「大谷効果」でテレビ視聴率が4年ぶりにアップし、試合で着用したユニフォームは関連グッズのオークションで2位の選手の30倍以上となる11万ドル超えの値がつくなど名実ともにオールスターの主役となった大谷選手を巡り、「英語を話すべきか」という論争が起きています。

トークイベントで通訳(右)を交えて話す大谷選手(2018年撮影)
トークイベントで通訳(右)を交えて話す大谷選手(2018年撮影)

ことの発端は、スポーツ専門局ESPNの著名コメンテーター、スティーブン・A・スミス氏が、人気番組「ファースト・テイク」の中で通訳を介してメディアと話すことは、「ゲームに悪い影響を与える」と発言をしたことでした。球団の顔であるスター選手が英語を話さずに通訳が必要であることは、観客をスタジアムに集め、テレビの視聴者数を伸ばすことを考えると球団にとって良くないという趣旨の持論を展開したものでしたが、この発言は「人種差別だ」とさっそくSNSで大炎上。「彼は野球をプレーするのが仕事であり、英語を話すことは関係ない」「人々は彼のプレーを見たいだけ。単純なこと」「通訳を介して記者会見をする選手は他にもたくさんいる。大谷だけを批判するのはアンフェア」とファンから批判の声が殺到する事態となりました。メディアもこの騒動を大々的に報じたこともあり、スミス氏は「真意が誤解されている」と弁明。しかし、批判は収まらず、その後「謝罪させて欲しい。アジア系コミュニティーや、大谷選手個人を怒らせるつもりはなかった」とSNSで謝罪文を掲載し、「アフリカ系アメリカ人としての固定観念がこの国の多くの人々に与えてきたダメージを痛感している。もっと敏感であるべきでした。私は過ちを犯しました。大谷選手は、スポーツ界で最も輝いているスターの一人です」と投稿し、アジア系を標的にしたヘイトクライムが増えている中での発言に「意図的ではなかったにせよ。明らかに無神経で言い訳のしようがない」と不適切発言だったと認めました。

エンゼルスの顔として今季大活躍する大谷選手
エンゼルスの顔として今季大活躍する大谷選手

史上最年少でMVPに輝いたブルージェイズのブラディミール・ゲレーロJr.内野手もMVPインタビューで通訳を介してスペイン語でコメントをしていましたし、大リーグ以外でも英語を母国語としないスター選手は多くいます。さらに、アメリカでは新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、アジア系へのヘイトクライム(憎悪犯罪)が急増していることを考えると、本人にその意図はなかったとしても不謹慎な発言だったことは否めません。実際に元ESPNのコメンテーターでスポーツキャスターのキース・オルバーマン氏も、「アジア人への暴力が急増している今、明らかに人種差別だ。謝罪して停職すべき」とツイートしています。

国際的に活躍するスポーツ選手は、英語を話すべきなのでしょうか。2008年に全米女子プロゴルフ協会(LPGA)が、出場選手に対して英語を義務化する動きがあった時も「英語を話せないと大会への出場を禁止するという措置は理解できない」と大批判が起きましたが、今回のスミス氏の発言も「英語を話せない人が、球団のトップスターであってはいけない」という差別的な意味合いにとらえた人は少なくなかったようです。実際に大谷選手は英語がまったく話せないわけでなく、2019年にア・リーグ新人王を受賞した際には英語のみでスピーチを行っており、その動画を投稿して「謝罪しなさいよ」と抗議しているファンもいます。もちろん、生の声を聞きたいと思うファンや記者はいるでしょうし、直接語る方がよりメッセージが伝わりやすいと思う人もいるでしょう。しかし、たとえ日常会話に問題はなくても英語が母国語ではない以上、記者会見など公の場では自身のメッセージがうまく伝わらず誤解を招くこともありえるため通訳を介して話すことは悪いことではないと思いますし、二刀流として結果を出すことに集中する上では今はこの形で良いと考える人も少なくないと思います。

二刀流としてファンを熱狂させる大谷選手
二刀流としてファンを熱狂させる大谷選手

ニューヨーク・デイリーニュースは、歴史的に英語を母国語としないアスリートたちはこれまでも自身のメッセージが適切に伝えられるよう通訳を介してメディアとコミュニケーションを取ってきたと伝え、大谷選手は英語やスペイン語を学んでクラブハウスではチームメイトらとうまくコミュニケーションを取っていると紹介。「英語が第一言語でないという理由だけで、ファンが熱狂するヤンキースタジアムでエンゼルス戦に出かけることをためらう人がいるだろうか。イチローや元ヤンキースの田中将大投手はどうでしたか」と疑問を呈しています。

また、ESPNのライターであるジョン・リー氏は、「アジア系アメリカ人は、東西の文化と言語のギャップのために永続的に外国人として扱われます。大谷選手が二刀流としてオールスターで活躍しながら、こうした問題を乗り越えることは、まさに彼が球界の顔になるべき理由」とコメント。ニューヨーク・ポスト紙のスポーツライター、ボット氏も「大谷選手の出現は、MLBで起こった最高の出来事の一つ。英語を話すか話さないかのために、それに反する提案をすることにはうんざり」とSNSに投稿しています。大谷選手の活躍と全米の熱狂ぶりをみれば、多くのファンは単純に大谷選手の「すごさ」に魅了されていることは明らかで、二刀流として大活躍する大谷選手がさらに英語で器用に記者会見をこなすことなど今は求めてはいないようです。

(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)