優等列車もやって来る乗換駅として、かつては重要な役割を果たしながら、今は山中でわずかな乗り換え客を待つ駅がある。広島県の備後落合駅。芸備線と木次線の結点として、山陽と山陰を行き来する旅人でにぎわった駅は、今もなお乗換駅ではあるものの、1日わずか数本の列車をひっそりと迎えている。備後落合を中心に芸備線と木次線の駅を巡ってみた。



乗るのが好きな上に駅も好きな鉄道ファンには共通の悩みがある。ローカル線の旅は心地よいが、途中で魅力的な駅があっても下車できないジレンマを抱えてしまう。備後落合からの芸備線新見方面と木次線が1日3往復しかないとなると、途中で列車を降りると大変なことになる。次の列車がないからだ。

貴重な休日を利用しての列車旅。できるだけ多くの路線に乗りたい欲求と多くの駅を見たい欲求が矛盾になってしまう。そこでの作戦は1度は乗り鉄、1度はマイカーまたはレンタカーを使用しての駅巡り。鉄道好きが現役路線に車利用での訪問となってしまうが、私にはこれ以外に思いつかない。そして今回、新緑の5月にマイカーで訪れたのが備後落合だ。


〈1〉2月の備後落合駅は雪で覆われていた(2018年)
〈1〉2月の備後落合駅は雪で覆われていた(2018年)

過去3回、いずれも列車で訪れた。三次から、新見から、宍道からと3方向からの訪問。1日3往復の閑散路線だが、1日1回だけ3方向からの列車が同時に集まる時間がある。新見発と三次発がともに13時1分、宍道発が11時18分(※1)で、3方向から、ほぼ同時刻に集まった列車は、また同時刻に3方向へと去っていく。当然だが、過去すべてこれらの列車を利用して約10分、雰囲気を味わった。

(※1)木次線は短縮運転の日があるので要注意


昨年2月に訪問した際、駅は雪で覆われていた(写真〈1〉)。広島といえば温暖な地域だと思われている方もいるかもしれないが、広島と島根、岡山の県境は豪雪地域。列車が長期間にわたって運休することも珍しくなく、現にこの時は木次線が代行バス運転となっていた。もっとも美しい雪景色を見られる乗客はパラパラで、ほとんどが鉄道ファンと思われる人だったが…(写真〈2〉〈3〉)。


〈2〉雪に覆われた備後落合駅舎(2018年2月)
〈2〉雪に覆われた備後落合駅舎(2018年2月)
〈3〉1日に1度、3方向からの列車が集まる(2018年2月)
〈3〉1日に1度、3方向からの列車が集まる(2018年2月)

今回はゆっくり時間があったので、周囲を散策してみた。かつては旅人が休息していた旅館だったと思われる建物。郵便局は現役のようだ。静寂に包まれている。今年放送されたテレビドラマ「砂の器」では、刑事が伯備線から木次線を経て亀嵩に至る経路で訪れたいたが、小説執筆時の松本清張氏の念頭にあったのは備後落合からのコースだったと私は信じている。

その後「砂の器」で、あまりにも有名になった亀嵩駅(写真〈4〉)を訪問して念願のそばを食べ(※2)、JR西日本唯一のZ式スイッチバックである出雲坂根駅に行くと観光列車「奥出雲おろち号」(※3)に遭遇(写真〈5〉)。出雲坂根駅名物の延命水(写真〈6〉)を初めて味わえた。他の駅も回りながら、最後はここと決めていた芸備線の道後山駅へ。

(※2)駅舎に出雲そば店が入っていることでも有名

(※3)春から秋にかけての週末や夏休みに運行されるトロッコ列車。観光列車のため出雲坂根では長時間停車する


〈4〉「砂の器」で有名な亀嵩駅は駅舎にそば店が入居している
〈4〉「砂の器」で有名な亀嵩駅は駅舎にそば店が入居している
〈5〉奥出雲おろち号からは奥出雲おろちループをゆっくり見ることができる
〈5〉奥出雲おろち号からは奥出雲おろちループをゆっくり見ることができる
〈6〉出雲坂根駅にある湧き水の延命水
〈6〉出雲坂根駅にある湧き水の延命水

「こ、これは…」。日本中かなりの駅を訪れてきたが、これは私の「駅心」を大きく揺さぶるものだった。戦前に建てられた木造駅舎(写真〈7〉)は当然無人駅だが、かつての事務所には消防車が収められている。駅前の斜面はスキー場の跡地だ(※4)(写真〈8〉)。数年前まで現役で、かつてはスキー列車が来ていたという。駅前の誰もいない家屋には「国鉄旅行連絡所」の文字がある(写真〈9〉)。87年のJR移管前あたりから1度も使用されていないのだろう。

(※4)閉鎖されたスキー場は高尾原スキー場。車で10分ほどのところにある道後山高原スキー場は今も冬季営業中


〈7〉道後山の駅舎には現在、消防車も収められている
〈7〉道後山の駅舎には現在、消防車も収められている
〈8〉道後山の「駅前」はかつてスキー場だった
〈8〉道後山の「駅前」はかつてスキー場だった
〈9〉向かいの家屋には国鉄旅行連絡所の文字が
〈9〉向かいの家屋には国鉄旅行連絡所の文字が

それでも1日1人の利用があるかないかという駅舎とプラットホームはきれいに清掃されている(写真〈10〉〈11〉)。いつも書くが地元の皆さんには頭が下がる。昨年の豪雨で芸備線、木次線ともに大きな被害を受け、芸備線の一部は今も不通のままだが、今秋には復旧の見込み。定期的に訪れて四季を満喫したい路線である。【高木茂久】


〈10〉駅の植木は手入れが行き届いている
〈10〉駅の植木は手入れが行き届いている
〈11〉道後山駅は標高611メートルの高地。芸備線では最も標高が高い
〈11〉道後山駅は標高611メートルの高地。芸備線では最も標高が高い