神戸電鉄は神戸の中心部から市内山間部へと向かう私鉄である。路線は六甲山の裏側(北側)から有馬温泉や三田へ向かう有馬・三田線と三木市を経て小野市へ至る粟生線に大きく二分されるが、今回取り上げるのは粟生線。三木、小野と神戸を結ぶ約30キロの路線は山と田園地帯に加え、いくつもの新興住宅街という2つの顔を持つ。(訪問は7月3日)

粟生は「あお」と読む。粟生線の起点は鈴蘭台だが、多くの電車が有馬・三田線の起点である湊川まで直通運転を行い、またその湊川を始発着とするは設定されておらず、すべての電車が、1駅向こうの神戸高速鉄道・新開地駅まで運行されるので実質的には37キロほどの路線となる。

〈1〉神戸電鉄のおもてなしきっぷ
〈1〉神戸電鉄のおもてなしきっぷ

利用したのは6月から11月まで発売されている「おもてなしきっぷ」(写真1)。沿線飲食店のサービス券もついた上に神鉄が乗り放題で1200円という、超お買い得なフリーきっぷ。神戸電鉄というのは山間部を走るため、ほとんどが勾配区間で場所によっては50パーミル(※1)という険しい坂を上ったり下りたりするため、車両にも保線にも手間がかかるため料金は高めの設定となっている。湊川から終点の粟生までが690円で単純往復だけでも元が取れる。もちろん有馬・三田線も乗ることができ、乗り降り自由。破格の安さといえる。発売枚数に制限があるとのことなのでお早めに。


〈2〉立派な駅舎にリニューアルされた鈴蘭台駅
〈2〉立派な駅舎にリニューアルされた鈴蘭台駅

鈴蘭台駅はいつの間にか立派な駅舎にリニューアルされていた(写真2)。戦前は避暑地、別荘地として栄え、戦後は新興住宅街として宅地化が進んだ。今回の原稿には直接関係ないが、他に「鈴蘭台西口」「西鈴蘭台」「北鈴蘭台」と全部で5つもの「鈴蘭台シリーズ」がある。多くが戦後に設置された駅であることから発展ぶりが分かる。

さて鈴蘭台から2駅目の西鈴蘭台を過ぎると突然景色は一変して深い山中となり、本当にここが神戸市かと思ってしまう。藍那、木津は朝のラッシュ時のみ運行する急行の通過駅。途中には川池信号場(※2)もあるぐらいだ。木幡あたりから徐々に住宅街の風景が目に見えるようになり、粟生線で神戸市と三木市の境界となる押部谷に到着する(写真3)。

〈3〉粟生線で神戸市最後の駅となる押部谷
〈3〉粟生線で神戸市最後の駅となる押部谷

押部谷からは、いわゆる「ニュータウン」が広がる。緑が丘を経て広野ゴルフ場前までが最初に敷設された区間。広野ゴルフ場はゴルフファンなら誰もが憧れる戦前からの名門ゴルフ場、広野ゴルフ倶楽部の最寄り駅で駅を降りると目の前に正門とクラブハウスが見える。粟生線は三木電気鉄道という会社が建設を始め、会社名の通り神戸市と三木市を結ぶ目的だったが、深刻な資金難で困窮したところを広野ゴルフ倶楽部の会員らが援助。そのため最初の終着駅になったという伝説が残る。それにしても駅を降りてすぐゴルフ場の門というのは、なかなか珍しい。戦前生まれだからこそかもしれない。日本オープンが開催された時はギャラリー用に臨時電車も運行された(写真4~6)。

〈4〉粟生線の最初の終着駅だった広野ゴルフ場前
〈4〉粟生線の最初の終着駅だった広野ゴルフ場前
〈5〉駅を降りると目の前が広野ゴルフ倶楽部の正門
〈5〉駅を降りると目の前が広野ゴルフ倶楽部の正門
〈6〉広野ゴルフ場前はユニークな構造で構内踏切の隣に構外の歩行者用踏切がある
〈6〉広野ゴルフ場前はユニークな構造で構内踏切の隣に構外の歩行者用踏切がある

粟生線の運行の要となるのは志染(しじみ)。大変ユニークな駅で、利用者数が多い駅ながら付近に踏切がなく、駅の利用者以外も南北それぞれの改札で通り抜けができるように通行券を発行している(写真7~9)。

〈7〉粟生線の運行の要となる志染駅
〈7〉粟生線の運行の要となる志染駅
〈8〉券売機で無料で構内を通り抜けられる通行証を発行している
〈8〉券売機で無料で構内を通り抜けられる通行証を発行している
〈9〉通行証ではホームに行けない注意書き
〈9〉通行証ではホームに行けない注意書き

ぜひ訪れてほしいのが三木上の丸。駅名から想像ができるように「三木城址前」の副名が付いていて、羽柴(豊臣)秀吉による兵糧攻めで有名な三木合戦の舞台である。1面1線ながら渋い駅舎が残るので、ぜひ訪れてほしい駅である(写真10~12)。

〈10〉三木上の丸の駅舎
〈10〉三木上の丸の駅舎
〈11〉三木上の丸の改札付近
〈11〉三木上の丸の改札付近
〈12〉三木上の丸駅に入線する1970年製造の神戸電鉄の1100形
〈12〉三木上の丸駅に入線する1970年製造の神戸電鉄の1100形


三木市の中心駅である三木でいったん下車した後、小野に向かう。いったん下車というか、乗った電車は三木止まりなのである。三木市と小野市の市境となる大村~樫山間にも50パーミルの急勾配があり小野市の中心駅である小野に到着。

訪問時は東京五輪開幕前だったが、陸上で小野市出身の田中希実さんが1500メートルで日本新を連発して決勝進出。この種目で日本選手初の8位入賞を果たしたことは記憶に新しい。ちなみに北京五輪の5000メートル代表だった小林祐梨子さんも小野市出身。テレビを見ながら人口約5万人の都市で、中長距離の五輪選手を、こんな短期間に2人も輩出するなんてすごいと思いつつ駅の写真を眺めた(写真13~14)。【高木茂久】

〈13〉小野市の中心駅となる小野駅
〈13〉小野市の中心駅となる小野駅
〈14〉小野駅にある神戸電鉄の車両を模した自販機
〈14〉小野駅にある神戸電鉄の車両を模した自販機

※1 1000分の1を1とする単位を表す。1000メートル進んで50メートル上がる(下がる)のが50パーミル。鉄道は坂に弱いため、20パーミルを超えるとかなりの勾配となる。

※2 単線区間での車両のすれ違いは駅で行われることがほとんどだが、駅間が離れていて駅を設置しても利用が見込めない場合などは、すれ違い施設としての信号場を設ける。山中に設置される場合がほとんど。川池信号場は単線区間と複線区間の接点にある。