三次~備後落合間の全駅訪問もいよいよゴール。早朝に備後庄原を出て三次へ向かう。どの駅も高校生でにぎわい、カープ列車との遭遇もあって、なかなか幸せな旅だった。この日の訪問はたった3駅だが、例によって駅間徒歩移動もありました。(訪問は4月8、9日)

 
 

◆備後庄原7時30分→塩町7時50分

庄原のホテルを7時過ぎに出て駅へと向かう。同じ芸備線でも先月は5時には新見駅にいたが、今月はややゆっくり。この1カ月で随分と日は長くなっているので、もっと早めの移動がよいのだが、備後庄原の始発が7時30分なので必然的にそうなる。ここで列車交換が行われ、上り下りとも同時刻の出発となるので駅は乗車と下車の高校生でにぎわっていた。駅舎は改築されたばかりだが、跨(こ)線橋などに文字案件があり、私はちょっとうれしい。まぁ高校生のほとんどは興味がないだろうけれど。ちなみに備後落合方面へは、この列車を逃すと次は6時間後である。(写真1、2)

〈1〉朝の備後庄原駅。こうして見ると随分雰囲気が変わった
〈1〉朝の備後庄原駅。こうして見ると随分雰囲気が変わった
〈2〉跨線橋の文字は年季の入ったものだった
〈2〉跨線橋の文字は年季の入ったものだった

さて今回は庄原に宿泊したが、結論からすると三次の方が良かったかもしれない。というのも前日は三次到着が10時でありながら、あまりにも予定通りいきすぎて下和知~備後落合の10駅をすべて回れてしまった。残るは三次寄りの3駅だけで、こちらは福塩線の列車も乗り入れるので行ったり来たりを繰り返せば、おそらくそちらが簡単だ。ただ庄原泊にしたのはハプニングに備えてのものなので、やむを得ない。いずれにせよ、青春18きっぷ使用なので経費的な問題は考慮せずに済む。

20分ほどで塩町到着。福塩線との乗換駅である。芸備線とともに本数は決して多くない(というか超閑散である)が、この時間帯はダイヤに工夫があって芸備線と福塩線がほぼ待ち時間なしで乗り継ぎができるようになっている。2つの列車が同時に到着することもあって塩町最寄りの高校生が多数降りる。今日は土曜だが平日はもっと多いのだろう。(写真3~5)

〈3〉1年ぶりに塩町にやってきた
〈3〉1年ぶりに塩町にやってきた
〈4〉初めて遭遇したカープ列車
〈4〉初めて遭遇したカープ列車
〈5〉素晴らしい塩町駅だが、今回は足早に立ち去る
〈5〉素晴らしい塩町駅だが、今回は足早に立ち去る

もっとも私の目に入ったのは初めて遭遇するカープ列車だった。この日のこの時間帯は福塩線への運用だったようだ。1年前はこの折り返しを利用して三良坂から三次へと向かった。ただ少し風景が異なるのは行き先が吉舎になっていること。福塩線の府中~塩町のいわゆる福塩北線については当時は午前3本、午後3本というダイヤで、これでもなかなか苦労した話を昨年書いた(5月6日~6月17日の記事)が、その後、午前の3本目が吉舎折り返しとなって吉舎~府中については午前2本に減便。厳しさが増している。

しかし塩町駅はいつ来ても素晴らしい駅である。当時記しているので、そちらを参照していただくとありがたいが、今回はカープ列車を見たという事実だけを大切に塩町とはすぐお別れ。なぜならお隣の神杉までは徒歩だからだ。


◆(徒歩)塩町7時55分→神杉8時17分

前述の記事でも記したが、福塩線の分岐ができるまで現在の神杉駅が塩町駅を名乗っていた。そんな歴史的経緯もあって塩町と神杉の駅間は実に近い。線路だと1・5キロと15分ちょっとで歩ける計算。ダイヤを考えると、1駅ずつ進めば、どこかの駅で1時間以上の待ち時間が出てしまう。ここは徒歩の一手だろう。

ただ必ずしも線路に沿って道路があるわけではない。しかも地図を見ると川を渡らなければならない。最初は線路から離れないよう、あぜ道を進んだが途中から地図に橋が記されたコースを行くことにした。それでも20分ちょっとで到着した。(写真6、7)

〈6〉神杉駅の開設は大正期だが駅舎は現駅名となった昭和初期のもののようだ
〈6〉神杉駅の開設は大正期だが駅舎は現駅名となった昭和初期のもののようだ
〈7〉1面2線の島式ホーム。付近の桜はそろそろ葉桜の様子だった
〈7〉1面2線の島式ホーム。付近の桜はそろそろ葉桜の様子だった

周辺には田畑と民家が並ぶが、もともとの塩町だけあって立派な駅舎が残る。駅舎はコミュニティーセンターとして利用されているようだ。1面2線で時刻表を見ると朝に2本、列車交換が設定されている。今も貨物ホーム跡が残り、駅舎とホームの広い間隔は貨物での繁栄を感じさせた。このあたりはすでに葉桜になりつつあるようだ。(写真8~10)

〈8〉ホームと駅舎は離れている。かつて大きな貨物ヤードがあったことを思わせる
〈8〉ホームと駅舎は離れている。かつて大きな貨物ヤードがあったことを思わせる
〈9〉接近標がある
〈9〉接近標がある
〈10〉鳥居型の駅名標が使用されている
〈10〉鳥居型の駅名標が使用されている

鳥居式のままの駅名標が使用されている。先刻カープ列車を見たばかりかもしれないが、かつて「神っている」という言葉を思い出した。その意味ではこちらは「神すぎる」駅ということになるのだろうか。


◆神杉8時41分→八次8時47分

いよいよ最後の駅だ。馬洗川に沿って走ってきた列車がホームに入る。三次(みよし)のお隣の駅だが「やよし」とは読まない。「やつぎ」である。棒状ホームに待合所だけの駅だが、ここまで来ると三次の市街地で付近は商店と住宅街。短い階段を上がってホームに入る構造。今は営業していないように見える向かいの商店で簡易委託を行っていたようで、その跡が今も分かる。(写真11、12)

〈11〉八次駅は小さな階段でホームに入る
〈11〉八次駅は小さな階段でホームに入る
〈12〉1面1線の棒状ホームとなっている
〈12〉1面1線の棒状ホームとなっている

お次は三次なので、まだ9時にもなっていないが、後はどのようにゴールを目指すかだけだ。ここからほぼ線路沿いに道路があって三次まで行ける。徒歩30分ぐらいか。だが先ほど塩町で見送ったカープ列車が9時17分に折り返して来る。せっかく広島まで来たのだから、カープ列車でゴールすることにする。(写真13、14)

〈13〉向かいの商店に「きっぷうりば」の文字が今も残る
〈13〉向かいの商店に「きっぷうりば」の文字が今も残る
〈14〉中には入れないが駅前待合所の跡が残っていた
〈14〉中には入れないが駅前待合所の跡が残っていた

◆八次8時59分→三次9時2分

ところが急に接近音が鳴り始めた。通過列車はないはずで、私が知らない回送でもあるのかと思って時刻表を再確認。すると休日運休の注釈付きの8時59分という列車が記されている。よく時刻表を見ると、土・休日運休という注釈もある。今日は土曜日。つまり別のものなのか。ふだん土曜ダイヤというものにほとんど接することなく暮らしていると、こんなことになる。(写真15、16)

〈15〉八次の駅名標。読みは「やつぎ」である
〈15〉八次の駅名標。読みは「やつぎ」である
〈16〉八次の時刻表。平日の8時台は3本の三次行きがあるが59分は「休日運休」となっている。14時台の斜体文字は臨時列車で10時23分の後は16時までない
〈16〉八次の時刻表。平日の8時台は3本の三次行きがあるが59分は「休日運休」となっている。14時台の斜体文字は臨時列車で10時23分の後は16時までない

ここで分かったのは、駅間徒歩をしなくても1駅ずつ進んで、それぞれ適度な待ち時間で三次まで行けたということ。ちょっとムダな散歩をしてしまったようだ。ただ接近音がしてから時刻表を確認して、ここまで考えられるだけの時間があることが、ある意味もっとすごい。さすがキハ120。とにかく無事に三次へ戻ってきた。まだ朝の9時だが、14駅すべてを訪問できたことは、かなりの充実感だった。【高木茂久】