肺がん治療30年のスペシャリスト、国立がん研究センター中央病院の大江裕一郎先生(57)が、最新の肺がん治療を教えてくれます。

【肺カルチノイドに対する分子標的治療】

 肺のカルチノイド腫瘍は、小細胞肺がん、大細胞神経内分泌がんとともに肺の神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumors: NET)に分類されます。小細胞肺がん、大細胞神経内分泌がんは悪性度が高いのに対して、カルチノイド腫瘍は低悪性度の腫瘍です。

 カルチノイド腫瘍は、まれな疾患で肺がん全体の約1%といわれています。腫瘍からセロトニン、ヒスタミンなどの生理活性物質が過剰に生産され、下痢、皮膚の紅潮、ぜんそくのような症状を起こすことがあり、カルチノイド症候群と呼ばれています。

 肺のカルチノイド腫瘍の治療は、なるべく早期に発見して手術で摘出するのが基本的な治療法となります。しかし、手術ができない状態で見つかったり、手術後に再発することもあります。そのような患者さんに対して、最近、分子標的薬であるアフィニトールが使用できるようになりました。

 アフィニトールはmTORという分子の働きを抑えます。mTORはタンパク質の合成に大きく関わって、細胞の成長や増殖、生存などの調節を行っており、mTORを阻害することができれば、腫瘍細胞の成長を抑えることができます。mTORは、血管の新生にも関与しており、mTORを阻害すれば、細胞の分裂・増殖・成長だけでなく、腫瘍に栄養を運ぶ血管の新生も抑えることができます。

 肺カルチノイド腫瘍にアフィニトールを投与することで、腫瘍を小さくする効果はあまりありませんが、無増悪生存期間を延長することが示されています。重篤な副作用に間質性肺炎や感染症があるため、使用に当たって注意が必要です。

 ◆大江裕一郎(おおえ・ゆういちろう)1959年(昭34)12月28日生まれ、東京都出身。57歳。東京慈恵会医科大学卒。89年から国立がんセンター病院に勤務。2014年、国立がん研究センター中央病院副院長・呼吸器内科長に就任。柔道6段。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本体育協会公認スポーツドクターでもある。