赤ちゃんを出産して抱きしめることができる、素晴らしく幸せな瞬間だと思います。それが、妊娠した可能性があって産婦人科を受診し、「今のあなたの状態では出産はできません」と医師からいわれると、どんなに落ち込むことでしょう。

 20代のB子さんはそういわれて中絶し、その後、私の診療科を受診されたのです。

 なぜ妊娠と心臓血管外科が関係するのか、不思議に思う方は多いでしょう。実は、B子さんは生まれつき大動脈弁が二尖(にせん)弁で、重症の大動脈弁閉鎖不全症だったのです。

 本来、大動脈弁は3枚の弁尖でできています。それが、100人に1~2人くらい、生まれつき2枚の二尖弁の人がいます。二尖弁の場合、弁の開閉時に弁尖にかなり力がかかり、B子さんは大動脈弁閉鎖不全症を発症。この状態での妊娠は、心臓に負担をかけすぎるので、中絶が勧められたのです。

 B子さんは二尖弁のことは親から教えられており、小さい頃から雑誌、新聞の記事、テレビで二尖弁のことがちょっとでも出ると気になっていたようです。そして、私の手術がテレビで取りあげられた時に、それを見て、記憶にとどめ置くことができていたようです。それで、赤ちゃんを抱くことを願い、二尖弁の手術を希望され、私の外来を受診されました。(取材・構成=医学ジャーナリスト松井宏夫)

 ◆大動脈弁閉鎖不全症 血液は心臓の左心室から大動脈に出て全身に送られます。その左心室と大動脈の間にあり、逆流を防いでいるのが大動脈弁。大動脈弁閉鎖不全症は大動脈弁がきちっと閉じなくなってしまう。そのため、逆流が起き、左心室の内腔が拡大して心臓が弱り、全身に十分な血液を送れなくなります。