前立腺の病気といえば、ことに中高年男性には悩みの種。それでいて前立腺の構造や働き、病気の原因、治療など知られていないことも多いのが実情です。ここでは、日本大学医学部泌尿器科学系主任教授の高橋悟氏(59)が、前立腺肥大症、前立腺がん、ED(勃起障害)などについて、わかりやすく説明します。

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「去勢抵抗性前立腺がん」について、お話しします。前立腺がんは男性ホルモンのアンドロゲンを利用して増殖するため、そのホルモンの働きを抑えることで治療効果が期待できるのですが、この去勢抵抗性前立腺がんは、男性ホルモンなしでもがん細胞が成長してしまうものです。

まず、男性ホルモンの供給される過程をおさらいしておきます。男性ホルモンは(1)脳の視床下部が「性腺刺激ホルモン放出ホルモン」(LH-RH)を分泌(2)下垂体が刺激され黄体化ホルモンを分泌(3)精巣が男性ホルモンを分泌する流れで供給されます。この流れのうち、下垂体の働きを抑制する薬剤が「GnRHアンタゴニスト」。LH-RHが下垂体で働くのを邪魔する薬剤が「LH-RHアゴニスト」で、それぞれ男性ホルモンを抑える働きをします。また、抗男性ホルモン薬(抗アンドロゲン薬)は、男性ホルモン全体の約10%を占める副腎から分泌された男性ホルモンが、前立腺の細胞に働きかけるのを阻害します。

一方、女性ホルモン薬(エストロゲン)は、男性ホルモンが作られるのを抑制し、直接がん細胞にも増殖を抑えます。女性ホルモンは、男性でも副腎などでわずかながら作られています。男性でエストロゲンの量が増えると、男性ホルモンや前立腺がん細胞に影響を与えるのです。つまり、エストロゲンの作用は、一般に男性ホルモンより強く、視床下部に強いフィードバックがかかり、その結果、LH-RHの分泌が少なくなり、男性ホルモンの産生が抑えられるのです。しかし、エストロゲンは血栓症のリスクが増えるため、最近はあまり使用しません。

このように、薬物による内分泌療法(ホルモン療法)は比較的進行した、根治が望めないがんを抑えるのに役立ちます。1剤で十分な効果が得られないとき2剤を使う「併用療法」も行われます。LH-RHアゴニストと抗男性ホルモン薬を併用する「CAB療法(MAB療法)」が、その典型です。

しかし、治療が2、3年~10年ほどに及ぶと、がんが再燃することがあり、この状態が去勢抵抗性前立腺がん、と呼ばれます。血液中の男性ホルモン値(血清テストステロン)が50ナノグラム/デシリットル未満なのに、がんが成長してしまいます。薬物による内分泌療法では、更年期障がい様障がいや性機能障がい、体重増加などの副作用、筋力低下、骨粗しょう症につながることもあります。

◆高橋悟(たかはし・さとる)1961年(昭36)1月26日生まれ。日本大学医学部泌尿器科学系主任教授。85年群馬大学医学部卒。虎の門病院、都立駒込病院などを経て05年(平17)から現職。東大医学部泌尿器科助教授時代の03年、天皇(現上皇)陛下の前立腺がん手術を担当する医療チームの一員となる。趣味は釣り(千葉・飯岡沖の70センチ、3キロ超のヒラメが釣果自慢)と登山、仏像鑑賞。主な著書に「ウルトラ図解 前立腺の病気」(法研)「よくわかる前立腺の病気」(岩波アクティブ新書)「あきらめないで! 尿失禁はこうして治す」(こう書房)など。