今から40年以上前に菌種として命名された歯周病菌の王様が、今や認知症研究でも注目されています。その名は「ポルフィロモナス・ジンジバリス」、通称P.g.菌。1980年に「バクテロイデス・ジンジバリス」として命名され、88年に現在の名称に改められました。

歯周病との関係を語る上で重要なのが、88年に報告された「レッドコンプレックス」です。歯周病が進んだ部位で見つかりやすい3種類の細菌群のことで、このP.g.菌が含まれます。その後、少数であっても周囲細菌とのバランスや免疫応答にも影響を与える「キーストーン病原体」であることが続々とわかってきました。つまり、存在するだけで口の中の環境を悪化させる働きがある、「悪玉菌」と呼ぶだけでは説明しきれない存在なのです。

31年後の2019年に今度は脳の研究で、この菌が脚光を浴びました。アルツハイマー病患者の脳組織からP.g.菌のDNAや、菌が作る「ジンジパイン」というタンパク質分解酵素が検出されたのです。さらにマウスを使った実験では脳内でアミロイドβ(脳内にたまるとアルツハイマー認知症が進行するとされるタンパク質)が増加、ジンジパインの働きを抑えると、脳内の細菌量や炎症が減ったのです。

「酵素を止めれば認知症の治療につながるのでは」という発想から治療をめざした薬の開発が始まり、アルツハイマー病患者643人を対象とする臨床試験が行われました。しかし参加者全体では認知機能などの主要な評価項目で有効性が示せず、安全性にも課題が残りました。

脳で関連物質が見つかったことと、この細菌が病気を引き起こしたこととは現時点では別物です。それでも、口の中の小さな細菌が脳の大きな謎を解く手がかりになるかもしれない、意外な接点こそが医学研究を発展させる可能性があるのではと話題になったトピックでした。