口の細菌が腸まで移動する。そう聞くと皆さん驚くかもしれません。でも私たちは唾液(だえき)とともに、毎日多くの口腔(こうくう)細菌を飲み込んでいます。かつては、胃酸や腸内の微生物環境によって定着を妨げられると考えられていましたが、条件によっては事情が変わることが明らかになってきました。
近年注目されているのが「口腸連関」。口と腸の微生物や免疫の働きが互いに関係するという考え方です。2024年の専門誌のレビューでは、口に由来する細菌が、本来の生息場所ではない腸などに定着する「異所性定着」の研究が整理されました。
例えば、炎症性腸疾患の患者さんでは、健康な人と異なる口腔細菌が腸から検出されることがあります。口の中に存在するクレブシエラ属の細菌などが、腸の炎症にどう関わるかを調べた動物実験もあります。ただし細菌が見つかっただけで、病気の原因と断定することはまだできません。
しかしながら、なぜ口の細菌が腸で生き残れるのかという点は、日々の口腔ケアを考える上で大切なポイントになってきます。区別しておきたいのは、「口の中の細菌は全部悪い」という誤解です。
口の中には多種多様な微生物が共存しており、細菌の種類だけでなく、集団全体のバランスや宿主の状態が重要です。強力なマウスウォッシュで根こそぎ殺菌すれば解決、というほど単純ではありません。「歯周病を治せば腸の病気が治る」と言える段階でもありません。研究の多くは関連を調べたものや実験段階で、治療効果の証明にはまた別の積み重ねが必要です。
口と腸は遠く離れた臓器に見えますが、1本の消化管でつながっています。炎症によってそれぞれの環境が乱される可能性もあるようです。別々に考えられがちだった2つの場所を、細菌の移動という視点から見直す。そんな新しい医学の地図が描かれ始めています。

