2021年、エンゼルス大谷翔平投手(27)は投打でフル稼働し、流行語大賞にもなった「リアル二刀流」でシーズンを完走しました。ア・リーグMVPをはじめ多くの賞にも輝き、まさに歴史的なシーズンとなりました。

投げては160キロ超の剛速球や奪三振ショー、打っては450フィート(約137メートル)超の特大ホームラン、足でもホームスチールに代表される積極走塁などに目を奪われました。私が最も印象的なプレーの1つに挙げたいのが、バント安打です。

大谷は今季、ア・リーグ3位の46本塁打を放つ一方、138安打中22本が内野安打で、4本がバント安打でした。最初は4月26日レンジャーズ戦。ベーブ・ルース以来100年ぶりに本塁打リーグトップで先発登板して初勝利を挙げた試合で、日米初のバント安打を記録。5月19日インディアンス戦では、ルース以来となる4戦連発&勝利投手の記録が懸かりましたが、「簡単に出塁出来る可能性が高いものをまず選んだ」という意図で、2本目のバント安打を転がしました。

そして、ハイライトは6月16日アスレチックス戦です。2回表に19号を放った次打席に、バント安打で出塁し二盗にも成功。大谷は「ホームランの1点よりは確率が高い」と判断しました。さらに同25日レイズ戦では、同一シーズンで130年ぶりの勝利投手と先頭打者本塁打を記録。とりわけ、敵地トロピカーナフィールドの天井からつるされた通路にぶち当てる特大弾を放った次打席で、意表を突くバント安打を成功させました。今季はバント安打を5回試みて4度決め、成功率8割でした。

バント安打もうまかった強打者で思い出すのが、史上最強のスイッチヒッター、ミッキー・マントルです。1951年からヤンキース一筋18年間で通算536本塁打をマーク。また、自慢の俊足を生かし、実に87本ものバント安打を決めました。

1953年に敵地首都ワシントンで行われたセネタース戦では、5回表に史上最長565フィート(約172メートル)の超特大弾、いわゆる「テープメジャーショット」を記録。伝説の一打を放った同じ試合で、9回表にバント安打を記録しました。これぞパワーとスピードを兼備し、チームを最優先にしたプレーヤーの極意であり、本人も「最も重要なのはチームが優勝すること」と公言していました。彼の献身的なチームプレーが、1949年から不滅のワールドシリーズ5連覇を成し遂げた大きな要因になったといえます。

ちなみに、マントルとの「MM砲」で一世を風靡(ふうび)した1961年のロジャー・マリスも、当時ルースが持つ年間60本塁打更新に迫っていながら3本のバント安打を記録。そのルースも晩年は10本のバント安打を記録したと伝わります。

彼らの時代に比べて、最近の大リーグは「フライボール革命」によりバント安打が激減。たまに極端な守備シフトの裏をかくバント安打は見受けられますが、もはや「バントヒットは死語になった」とさえ言われます。このような風潮の中で、大谷が2度も本塁打を打った後にバント安打を決めことには大きな価値があります。チームは6年連続負け越しと低迷しており、個人記録やタイトルより、とにかく「勝ちたい」という強い気持ちの表れだったと思います。

いつの時代も強いチームには、自己犠牲の精神にあふれる選手が必ず存在し、自己を犠牲にできる選手が多くいるほど、チームは強くなります。大谷の願いも同じではないでしょうか。必ずチームを優勝させ、「世界一の選手になる」という夢が芽生えた1年でもあったでしょう。

今年1年、ご愛読ありがとうございました。来年の「It’s showtime!」もご期待ください!【大リーグ研究家・福島良一】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「福島良一の大リーグIt's showtime!」)