【中日上林誠知】リハビリ長期化「わかってるつもりではいるけど・・・」思いを吐露

中日上林誠知外野手(30)は3月のオープン戦で右膝を痛めて離脱し、現在ナゴヤ球場でリハビリに取り組んでいます。当初は早期復帰が見込まれていましたが、慎重に段階を踏んで回復を待っています。チームが相次ぐ故障者と成績不振で厳しい状況にある中、上林選手が語った「責任」と復帰への思いとは。5月のナゴヤ球場でその心境を聞きました。

プロ野球

★上林選手が語った主な内容

  • 怪我の状況と長期化について
  • チームの状況に対する責任感
  • 復帰への段階的なアプローチ

◆上林誠知(うえばやし・せいじ)1995年(平7)8月1日生まれ、さいたま市出身。仙台育英では春夏合わせて3度の甲子園出場。13年ドラフト4位でソフトバンク入団。18年に全試合出場を果たし、自己最多22本塁打。19年4月29日の日本ハム戦でパ・リーグ平成最後の本塁打を放った。23年オフに中日に移籍。25年には134試合に出場。自身6年ぶりの2ケタ本塁打と自己最多の27盗塁をマークした。プロ通算782試合出場、75本塁打、258打点、打率2割4分6厘、75盗塁。185センチ、90キロ。右投げ左打ち。

2026年5月19日、ナゴヤ球場でリハビリメニューに取り組む中日・上林誠知(撮影・中島麗)

2026年5月19日、ナゴヤ球場でリハビリメニューに取り組む中日・上林誠知(撮影・中島麗)

「まだ、怖さがある」

――現在はどういう思いを持ってグラウンドに

上林 ケガしているので、プレーのこととかは考えていないし、とにかく早くケガを治すことですかね、今は。

――現在リハビリ組として、メニューはランとダッシュの間くらい。両足を使った複雑なステップにも取り組む

上林 走るのが一番負担というか、気になる動作なので。そこで気になっているようだと、その先に進めないんで。そこの負担をまずなくしたいですよね。

――右膝付近の筋肉の故障。どの動きが気になるか

本文残り78% (2104文字/2686文字)

1999年6月生まれ。名古屋市出身。竜党の家族のもとで育ち、大学時代は中日主催試合のボールガールのアルバイト(ベースボールメイツ)を務める。
大学卒業後は1年間、スポーツキャスター・ディレクターとしてテレビ局に勤務。23年に日刊スポーツに入社し、プロ、アマ問わず野球現場を取材。
至福のひとときは、休日の朝にアサイーボウルを作る瞬間。宝塚歌劇やハロプロ、淡路島が心の癒やし。