今季からドジャースは、ビジターゲームで青いユニホームを使用します。早速、4月3日(日本時間4日)に首都ワシントンで行われたナショナルズとの3連戦初戦、チームにとって最初のロードゲームで着用。新ユニホームで大谷翔平投手が、記念の1号ホームランを打ちました。
1890年ナ・リーグに加盟して以来、当初ニューヨークのブルックリンに本拠地があったドジャースも、原則的にホームが白に対し、ロードではグレーのユニホームを使用。なぜなら、当時はまだ遠征先に洗濯機もなく洗うのが面倒なので、泥汚れを目立たないようにするためと言い伝えられています。
ドジャースは伝統的なグレーの定番を守りつつ、多くの変化を遂げました。
1912年にピンストライプで有名なヤンキースよりも、早く縦縞のユニホームを採用。15年には斬新なチェック柄のデザインを取り入れるなど、スーパーバスやロビンズなどの名称変更と共に、目まぐるしく変わりました。
やがて、32年からドジャースが正式名称となり、あのベーブ・ルースが一塁コーチを務めた38年に初めて胸に「Dodgers」の斜体を採用。44年には本拠地エベッツフィールドのナイトゲームでグラウンドの選手たちが目立つように、青いサテン地のユニホームを実験的に導入したこともありました。
52年に本格的な大リーグのテレビ中継開始に合わせて、視聴者が選手を判別出来るように、大リーグ史上初めて赤い胸番号を採用しました。最初は本拠地の試合しか放送しないのでホーム用のユニホームだけでしたが、58年ロサンゼルスへ本拠地移転後はロード用も胸番号を付けるようになりました。
さらに70年代米国でカラーテレビが普及すると、大リーグの球団もテレビ映えするように次々と派手な色のユニホームを採用。ホームは原則として白、ロードはグレー基調という常識も破られましたが、それでもドジャースは流行に乗ることなく伝統を守り続けました。
しかし、90年代にドジャースがドジャーブルーとファンの一体感を表現し、チームへの深い忠誠心や愛情を表すためのイベント「Think Blue」を開催。その時ホームゲームに限り、特別に青いユニホームを使用しました。2011年にもブルックリン時代の青いユニホームを着た記憶があります。
また、90年ホワイトソックスの復刻ユニホームをきっかけに、過去や未来、ニグロリーグを表敬するものなど、さまざまな代替ユニホームを採用。21年には本拠地の文化や歴史、特色を反映したシティコネクトユニホームも誕生し、1つの球団だけで何種類ものユニホームを併用する時代となりました。
こうした中、長い歴史と伝統あるヤンキース、タイガースの2球団だけは昔のままで、ホームが白、ロードがグレーの2種類しかありませんでした。
しかしながら、今年からタイガースが初めて代替ユニホームを採用。残るは、かたくなに伝統を重んじるヤンキースのみとなりました。
東の名門ヤンキースに対し、西の名門ドジャースの青いユニホームは、新しい流行を好むファン、伝統を残したいファンと賛否両論あります。いずれにせよ、今年から本拠地球場が「ユニクロフィールド・アット・ドジャースタジアム」という名称でも話題を呼んだように、ドジャースの伝統は変わりつつあるようです。
【大リーグ研究家・福島良一】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「福島良一の大リーグIt's showtime!」)




