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ヤクルト奥村「菅野さんから初安打を」

ロングティーで打ち込むヤクルト奥村
ロングティーで打ち込むヤクルト奥村

<あの球児は今:プロ野球キャンプ編>

 ヤクルト奥村展征内野手(19)が、新天地で1軍初安打を誓った。13年夏の甲子園で日大山形を県勢最高の4強に導き、同年ドラフト4位で巨人入りしたが、今年1月にFAで巨人に移籍した相川の人的補償としてヤクルトが獲得。入団2年目での異例の移籍を経験した左の好打者が、現在の心境と抱負を語った。

 巨人のキャンプ地から北に約40キロに位置する宮崎・西都市で、奥村が真新しいユニホームを着て汗を流していた。全体メニューを終えると、1人グラブを持ってサブグラウンドへ移動。すると水谷2軍内野守備走塁コーチの個別指導で、1時間以上も遊撃の位置で特守を受けていた。

 奥村 巨人では選手の数が多いので、なかなかコーチにマンツーマンで教えてもらう機会がなかった。捕球の基本からステップなど、一から教えてもらって本当にありがたい。

 球界を驚かせた“事件”が起きたのは、わずか1カ月前だった。1月8日、奥村は巨人井端らと自主トレ先の熊本にいた。守備を鍛えるため、自ら先輩に直訴して参加が決まり、練習を始めて4日目の夜。夕食前に携帯電話が鳴った。松尾GM補佐からだった。

 奥村 いきなり「落ち着いて聞いてくれ」と言われたので、身に覚えはないけど「何か悪いことしたかな」と思った。そうしたら「ヤクルトが人的補償で君を指名してきた。断ることはできない」と言われた。何が起きたのかわからなくて「わかりました」としか言えなかった。井端さんも相当ビックリしていました。

 2年目を迎えたばかりの奥村は、FAの人的補償制度の存在も頭になかった。突然の通告から一夜明けた9日早朝の飛行機で東京へ移動。複雑な心境のままヤクルトの入団会見に臨んだが、母美夏さんの言葉が19歳の背中を押した。

 奥村 母に電話で「選ばれたんだから良かったじゃない」と言われて、すっと切り替わりました。巨人のプロテクト枠(28人)に入れなかったのは仕方ない。(ヤクルトが)一番欲しい選手というわけじゃないだろうけど、取ってもらえたことに自信を持って「やってやろう」と思いました。

 高校時代から、目標に宮本慎也氏(42=日刊スポーツ評論家)の名前を挙げてきた。父伸一さんと社会人野球プリンスホテル時代のチームメートで、宮本氏の引退試合も現地で観戦した。プロ入りわずか1年で、同じユニホームを着て神宮球場の遊撃のポジションを狙える立場となった。

 奥村 やっぱり、ヤクルトには縁があったのかなと思います。でも、まだ1カ月しかたってないんですね。もっと長くいる気がします。今年の目標は、1軍で初ヒットを打つこと。できれば、巨人の菅野さんから打ちたいですね。

 左太もも肉離れで離脱した昨季終盤、ともにリハビリをしていた菅野から声をかけられたことは忘れないという。プロ野球選手に育ててくれた両親へ、そして2つの球団へ、奥村の恩返しが始まる。【鹿野雄太】

 ◆奥村展征(おくむら・のぶゆき)1995年(平7)5月26日、滋賀県甲西町(現湖南市)生まれ。小1から三雲東スポーツ少年団で野球を始める。中学時代は草津リトルシニアパンサーズに所属。父伸一さんと日大山形・荒木監督が社会人野球プリンスホテルで一緒にプレーした縁で山形へ。1年春からレギュラーで、主将として出場した13年夏の甲子園では県勢初の4強。同年ドラフト4位で巨人入団。今年1月にFAで巨人に移籍した相川の人的補償でヤクルトへ。178センチ、72キロ。右投げ左打ち。家族は両親、姉、妹、弟。

 [2015年2月21日11時30分]









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