甲子園を沸かせた「メガネ主将」が監督となって全国舞台に帰ってくる。全日本クラブ野球選手権が27日、神奈川・等々力球場ほかで開幕する。5大会ぶり3度目出場のTRANSYSは、駒大苫小牧の外野手として05年夏の甲子園優勝、06年準優勝の本間篤史監督(34)が率いる。19年にコーチ兼任で加入し、今春から選手兼監督に就任。高校野球で日本一を経験した同監督が、今度は指揮官として、まずはチーム初の全国1勝を目指す。

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駒大苫小牧で夏の甲子園決勝2度、JR北海道(現JR北海道クラブ)で都市対抗5度、日本選手権4度経験している本間監督が、クラブ野球の指揮官として初の全国舞台に立つ。メガネをかけたソフトな風貌は、変わらず。27日のNOMOベースボールクラブ(兵庫)との初戦へ「チームとして3回出て1回も勝てていない。優勝を目指していないわけじゃないが、そこまで簡単ではない。まずは1勝」と目標を掲げた。

大舞台では「代打オレ」もしくは「指名打者オレ」の双方を思い描く。道予選は1回戦から決勝まで4試合すべて3番指名打者として出場。監督兼務の難しさもあり、打撃は15打数2安打となかなか数字が上がらなかった。「自分が打たなければ」と強引に引っ張ったことが原因の1つで「初心に立ち返って」バットを短く持ち、センター前への単打を意識して練習。選手としての意欲が再びわき上がり「みんなを経験させるために出ない予定でしたが、気持ちが変わってきた」と、打席に立つ準備も整えている。

夢がある。「将来は高校野球の監督をやってみたい」。そんな思いもあり、加入3季目の昨秋、木村尚大前監督(49、現総監督)から監督就任を打診されると「やります」と即決。采配は「難しい。サインのタイミングが遅すぎてもいけないし。でもとても楽しい」と、選手兼務での大役に、やりがいを感じている。

06年夏の甲子園決勝で再試合の末に敗れた元日本ハムの斎藤佑樹氏が、昨年限りで現役引退。実業家として第2の人生を踏み出した。今でも連絡を取り合う仲で「プロ野球人生、思い通りではなかったと思うけど、野球に携わることをして頑張っている。オレも頑張らないと」。新たな立場で奮闘する友の存在も刺激に、チームを初勝利に導く。【永野高輔】

◆本間篤史(ほんま・あつし)1988年(昭63)8月3日、北海道・余市町生まれ。余市沢町小4年で野球を始め、余市西中時代は余市シニアでプレー。駒大苫小牧では1年秋から背番号8をつけ、05年夏の甲子園優勝、06年夏は準優勝。亜大から11年にJR北海道入り。都市対抗5度、日本選手権4度出場。12、16、17年に北海道社会人ベストナイン。17年限りで1度現役引退し、19年にTRANSYSの外野手兼打撃コーチで現役復帰。今春から選手兼監督。178センチ、92キロ。右投げ右打ち。

▼本間監督の高校、大学の後輩で今春、独立リーグ徳島から加入した4番打者の伊藤優希外野手(25)が、指揮官への恩返しを誓った。昨春、北海道ガスからプロ入りを目指し徳島加入も、春先に右太もも裏を肉離れ。ケガで思うような活躍ができずシーズン後、引退を発表した。その後、母親の病気が分かり、徳島市内で働きながら地元北海道での復帰を模索しているときに、本間監督から誘われた。「僕にとって小学校時代からのあこがれ。声をかけてもらった恩もある。中軸として、しっかり戦いたい」と気を引き締めた。

▼本間監督に監督を引き継いだ木村総監督 高校、大学、社会人と高いレベルでやってきた経験値がある。試合中、守備でも1球ごとに声をかけるなど、締める場所を知っている。選手と年齢が近く厳しく言えるし、最近のトレーニング方法も、よく勉強している。