大相撲夏場所がなかった5月。NHKのアーカイブ企画がおもしろく、興味深かった。昔懐かしい、といっても生では知らない時代がほとんどだったが、当時の角界の文化が伝わり、楽しめた。

その中で画面に出された1枚の写真に声が出た。「あっ、お父ちゃんや」。横綱大鵬と柏戸の「柏鵬時代」の特集。横綱柏戸の横に取材で張り付いていたのは、まぎれもなく若き日の「お父ちゃん」だった。

実の父親ではない。日刊スポーツの大・大先輩、近畿大相撲部出身で名物相撲記者だった岡本晴明さん。他社の記者からもだれからも「お父ちゃん」と親しまれた。自分が相撲記者として“ニッカン部屋”に入門した時は、すでにご意見番的存在だった。自分はといえば、何冊かの相撲関連の本を読んで知識をつけていったつもりだったが、相撲のことを何も知らないに等しい。「お父ちゃん」はまさに師匠だった。

相撲の記事を書く上で欠かせない「手さばき」がある。立ち合いから突っ張ったり、四つに組んだり、左を巻きかえてうんぬんなど取組の勝敗を決したポイントを説明する。とはいえ、ほとんどの勝負が数秒で決する。90年代はじめで、今のように簡単にVTRを見返せない時代。何も分からない新弟子記者を導いてくれたのが、お父ちゃんのアクション解説だった。

実際に四つに組むなどで、取組を再現してくれた。差した腕を上げて、相手の上手を切る「かいなを返す」。相手の差し手のひじを握って絞り上げる技など。それを実演してもらうことで勝敗を決める上でどれだけの効果を及ぼすのか、本当に分かりやすかった。分かってくると、相撲の魅力にはまる。打ち出し後、他社の記者と国技館の廊下で相撲をとり、何度も先輩記者にしかられた。

それもこれもいい思い出でしかない。お父ちゃんには感謝しかない。東京場所ではよく浅草橋の焼き鳥店に誘ってもらった。焼き鳥を数本、そして最後に釜飯が定番。「食わんと番付上がらんで」が口癖。食べながら相撲を語る。教えてもらったことは数え切れない。

1枚の写真からいろんな思い出がよみがえってきた。相撲がなかった5月。天国のお父ちゃんも寂しかっただろう、と思う。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲初場所11日目 20年ぶりに生観戦する明大ラグビー部・北島忠治監督(中央右=北島監督は明大学生時代初めは相撲部で活躍)と斎藤コーチ(中央左)、右端は日刊スポーツ岡本晴明記者(1982年1月20日撮影)
大相撲初場所11日目 20年ぶりに生観戦する明大ラグビー部・北島忠治監督(中央右=北島監督は明大学生時代初めは相撲部で活躍)と斎藤コーチ(中央左)、右端は日刊スポーツ岡本晴明記者(1982年1月20日撮影)