静岡・浜松市出身で21年に日本男子初のボクシング世界選手権金メダリスト(バンタム級)となったWBOアジア・パシフィック・バンタム級王者の坪井智也(29=帝拳、浜松工出)が次戦に向けて動きだしている。6月8日に国内最速タイとなるプロ2戦目でタイトル獲得に成功。現在は「フィニッシュ」という課題克服に向けてパンチ力の強化に着手している。ボクシングキャリアの「第2章」と称する充実したプロキャリアの現状を語った。【取材・構成=藤中栄二】
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目標に掲げる最短距離での「世界」へ、坪井は所属ジムで黙々と課題に取り組んでいる。WBOアジア・パシフィック王座を獲得した後、自ら挙げた課題は「フィニッシュ」。2週間ほどの休養後、同月下旬から練習再開。元日本ミドル級1位のカルロス・リナレス・トレーナーの持つドラムミットに1発1発、力強いパンチを打ち込でいる。
坪井 僕のスタイルはスピードとか連打の能力値を上げているようなボクシング。その中でガツンと当てるパンチが加わればいいと思う。手の角度を意識し、しっかりと押し込むパンチですね。それに下半身のフィジカルを加えたい。僕の場合は足を早く動かすので、どうしてもパンチ力を速くした分、落ちるし軽くなる。速い中で一瞬のバネを使ってガツンと当てるようなイメージでフィジカルトレを加えている。
早速、王座獲得の夜には「坪井ノート」に良かった点、悪かった点を書き出した。アマ時代は決勝まで毎日試合があるために試合後は次戦の対戦相手に時間を費やしていたが、プロ転向後はすぐ取り組むルーティンに変わった。
坪井 試合終わった直後に感じたことが心から感じていることかなと思う。後から気づくこともあるが、試合直後は直観的に「これがダメだった」と分かる。時間が経過し、あらめて動画を見直しても、感じる点はほぼ変わらない。今回は良かった点もすごくあった。あとはフィニッシュ、細かい点をこうしておけば良かったと思うぐらいでした。試合直後にやることはいいこと。翌日からその課題を意識できますしね。
試合が決まるまでは1カ月に2回ペースで静岡に里帰りしている。今回はWBOアジア・パシフィック王座ベルトを手土産に支援者らにタイトル奪取を報告。試合2カ月前までは故郷とのつながりを大切な時間だと考えている。
坪井 静岡、浜松に帰るといろいろな方が集まってくれる。今は練習しながら、いろいろな方と会い、応援のお礼をしたいと思っている。それは違う意味で自分の幅を広げていると思っているし、そういった時間を大事にしたい。
試合トランクス、入場時に着用するTシャツなどコスチュームには約30社のスポンサー名が刻まれる。そのうち半分の約15社は静岡県内の企業などで占められる。アマ時代から故郷のバックアップに感謝を続けてきたが、プロ転向後はさらに実感しているそうだ。
坪井 自分の試合が(配信などで)より人の目に触れる機会が多くなった。より試合を見てもらいやすくなったし、いろいろな人の応援が多く、やらなくてはいけないと思う。期待を直に受けることが多いが、それはプレッシャーにならない。プロボクサーは僕にとって第2章。第1章のアマチュアは終わったので。第2章は違った形で楽しい。
世界ランキングもWBO世界バンタム級15位に入った。着実に「世界」に向けて進んでいる。
◆坪井プロ転向2目VTR 6月8日、東京・有明アリーナでWBOアジア・パシフィック・バンタム級王座決定戦に出場。同級2位として同級1位バン・タオ・トラン(ベトナム)と拳を交え、パンチの回転力を生かした連打で攻勢。世界ランカーのトランの右カウンターパンチをギリギリで回避しながら、終盤もギアを上げて連打を繰り出した。試合の主導権を握り続け、3-0の判定勝利。日本最速タイとなるプロ2戦目で王座獲得した。
◆坪井智也(つぼい・ともや)1996年(平8)3月25日、静岡・浜松市生まれ。小学1年から6年間、空手を学ぶ。小6年時に同市のリードジムで競技を開始。浜松工から日大に進学し、全日本選手権ではライトフライ級4連覇。21年の世界選手権でバンタム級金メダルを獲得し、同じくウエルター級で金メダルを獲得した岡沢セオンとともに日本人初の「世界金」を達成。24年末まで自衛隊に所属。今年1月に帝拳ジムからのプロ転向を表明。同3月、2回TKO勝ちでプロデビュー。アマ戦績は106勝(10KO・RSC)25敗。既婚。身長160センチの右ボクサーファイター。

