東十両3枚目の宇良(24=木瀬)が、十両以上では“史上初”の大技で10勝目を挙げた。関取最重量202キロの西十両9枚目の天風を、1955年(昭30)5月の決まり手発表後では初となるたすき反りで沈めた。3場所ぶりの2桁勝利で地元の春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)での新入幕昇進へ大きく前進し、3敗を守って十両の優勝争いでも首位に並んだ。

 ついに出た。宇良が、代名詞の反り技に入門後初めて成功した。得意の居反りではない。相撲史に刻んだのは、たすき反りだ。55年5月の決まり手発表後、十両以上では誰も決めたことがなかった大技。学生時代も通じて初めて決めた宇良は「名前が残ればうれしいです」と静かに喜んだ。

 まるで土俵上で踊るように、滑らかで華麗な動きだった。立ちはだかってきたのは、185センチ、関取最重量202キロの天風。宇良は、いつものように立ち合いで潜り込む。12センチ高く、74キロも重い相手に左差しを許し、右腕を返された。だが、前進してきた巨体の左脇に頭を埋めると、そのまま体を右に回転。差してきた左腕を右手でつかみ、顔を天井へ向け、体を反らせた。次の瞬間、相手はダイブするように土俵をはっていた。「うまくその場に応じた対応ができた」。あくまで淡々と振り返った。

 体は小さくても、大技を仕掛けるだけの素養がある。ボディービルのトレーニングを勉強した関学大時代、「一番安いタンパク源」という枝豆をゆでて、おやつ感覚で食べ続けた。2年時は75キロしか上げられなかったベンチプレスは、2年後には160キロに。「今でもそれくらい上がる」と宇良。この日、八角理事長(元横綱北勝海)が「力、持ってるねえ」とうなるだけのパワーが、小柄な体には詰まっている。

 技への探究心も深い。リオ五輪の柔道男子60キロ級銅メダル高藤直寿の得意技、肩車に強い興味がある。「あれはすごい。1回見てください。居反りっす。参考になる」と目を輝かせる。世界選手権で2度の金メダルを獲得した棟田康幸氏の支えつり込み足も「けっこう好き」と言う。「手の浮かし方が、相撲で相手を押して浮かせる時を連想させる」と、想像力をかきたてている。

 世紀の大技でつかんだ3場所ぶりの2桁10勝目。春場所の新入幕昇進にも大きく前進した。十両優勝争いでも、再びトップに並んだ。「あと2番あるので、頑張ります」。魔術師ぶりを発揮して、出世への扉を開く。【木村有三】

 ◆宇良和輝(うら・かずき)1992年(平4)6月22日、大阪府寝屋川市生まれ。4歳でわんぱく相撲に参加。京都・鳥羽高から関学大に進学。13年にロシアで開催された武術と格闘技の世界大会の相撲(85キロ未満の部)で優勝。14年全国学生個人体重別選手権無差別級3位。15年春場所初土俵。同夏場所序ノ口優勝。173センチ、128キロ。

 ◆たすき反り 相手の差し手の肘をつかんで、その腕の下をくぐるようにして腰を落とし、一方の手で相手の足を内側から取って、肩に担ぎながら体を反らせて後方に落とす技。たすきを肩に回してかけるように相手を肩に乗せることから名付けられた。1955年(昭30)5月に日本相撲協会が決まり手を発表後、十両以上ではこの日が初。発表前では52年春場所6日目に、幕内で常の山が大内山に決めた記録などが残っている。

 ◆十両以上で過去1度も出ていない決まり手 日本相撲協会が制定する82手のうち(1)掛け反り(2)撞木(しゅもく)反り(3)外たすき反り(4)送り掛け-の4手は、十両以上の土俵で1度も決まったことがない。相撲協会は55年夏場所から68手を発表し、60年1月に70手に。01年初場所から12手と勝負結果3(つき手、つきひざ、踏み出し)を追加した。(4)の送り掛けは01年に新設されたが(1)~(3)は62年間も生まれていない幻の技。