コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。千秋楽は大相撲史に残る、貴乃花の22回目の優勝です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇千秋楽◇2001年5月27日◇東京・両国国技館

横綱貴乃花が奇跡を起こした。前日14日目の大関武双山戦で初黒星を喫した際、右膝を亜脱臼。千秋楽に強行出場したが、結びで横綱武蔵丸にあっさり敗れ、13勝2敗で並んだ。優勝決定戦、貴乃花の気迫が武蔵丸を圧倒。執念の上手投げで22度目の優勝を飾った。

顔はゆがみ、口から血の塊が飛んだ。まゆをギュッと引き絞った鬼の形相で勝ち名乗りを受けた。まるで別人のように、貴乃花は土俵の上で感情をあらわにした。「何か今でもちょっとボーッとしてます。(優勝の)実感が分からないです」。22回も優勝を飾った大横綱が、支度部屋に戻っても冷静さを失っていた。

本割は、3度の仕切り直しの立ち合いで集中力を奪われ、わずか0秒9、武蔵丸の突き落としにバッタリ倒れた。「やはりダメか……」。絶望的ムードの東支度部屋に一門の花籠親方(元関脇太寿山)、若者頭が飛んでくる。優勝決定戦が可能か、確認のため。貴乃花は即答した。「大丈夫です」。

異様な静けさだった。柝(き)が入り、武蔵丸が西の花道に出た後も、貴乃花は支度部屋に5分近くとどまった。乱れた集中力を修正し、気の高まりを待った。本割で全く合わなかった立ち合いで、武蔵丸は見入られたように貴乃花の呼吸で立った。貴乃花がすかさず左上手を奪い、右を差す得意な形。武蔵丸が、右のかいなを返し上手を切りにきた瞬間を逃がさない。相手の力も利用した上手投げが、219キロの巨体を土俵にたたきつけた。

表彰式での優勝インタビュー。ケガの痛みを聞かれ「特にないですよ」と答えると、大きな拍手と歓声が沸いた。内閣総理大臣杯を手渡した小泉純一郎首相は、表彰状を読んだ後、突然「痛みに耐えて、よく頑張った! 感動した!」と絶叫で貴乃花をたたえた。大相撲史に残る感動の優勝だった。